二話 三秒で見限られるテクニック

 ン・ダーハとチャットをしてから三日が過ぎた。その間、彼女は俺にたびたびメッセージを送ってくる。内容は他愛もないことが多い。チャット自体は彼女の親しみやすい好意的な態度のおかげで苦ではなかった。時折チャット中に混じる神様ジョークの反応に困る程度である。以下はその抜粋だ。

『日本では祭の時、金魚をすくうのですよね。神でもないのに救うなんて、傲慢が過ぎます! なんて(笑)』

『私は生命全般を見通しているので、人以外も救っているのです。でも、動物は管轄外なのですよ。彼らは自分で巣くってしまいますから!』

『年をとるのは素晴らしいことなのです。なぜなら、幾度も九歳(救済)になる……少し厳しいですか(笑)』

 唐突に挟まれる陽気なジョークはン・ダーハの浮かれ具合を示しているようだった。その時ばかりは彼女の頭のおかしさもなりを潜め、俺自身も単なる話し相手と割り切ることができる。しかし、彼女の相手は楽しいことばかりではない。

 今日、昼間はン・ダーハからのメッセージがなく安心して講義を受けていた。講義を全て終え、バイトが入っていたので大学から直接バイト先へ向かう。バイト先に着いたころ、そこへ彼女からのメッセージが届いたのだ。

 すぐにバイトが始まるため、俺はチャット画面を開くことなくメッセージを無視した。しかし、それが誤りだった。

 バイトを終えた今、俺の携帯電話には大量の新着メールが溜まっていた。それらは全て、ン・ダーハからのメッセージのお知らせである。俺はすぐに携帯電話でチャット画面を開くと、血の気が引いた。

『こんにちは。今日は皆幸せが多いようです。救いようがないって、良い意味でも使えますね(笑)』

『どうしてお返事くれないのですか?』

『あら、書類以外にもお仕事があるのですね! お疲れ様です』

『ですが、寂しいのです。私、普段は一人ですから、ここ二日間は楽しくて。やはりお話できるのは素敵です』

『あー、寂しいです。どうしたら私とお話してくれますか? なんて、お返事できませんよね(笑)』

『モノグサさんを見るのも楽しいですね。ずっと孵化ばかりを見て寂しいのを紛らわしていました。今度からモノグサさんを見ていいですか?』

 上記のチャットの後は、延々と俺の行動に対して感想を述べている。どうもン・ダーハのストーカー具合が悪化したらしい。

 気になることはもう一つある。ン・ダーハはバイト先にいる俺も見ている。他人に見られるはずのない行為も言い当てられており、これはもう盗撮だの盗聴では不可能なものだ。俺の全ての行動を見れる彼女は、まさしく神様のようである。

 馬鹿馬鹿しいとも思えない。ン・ダーハが本当の神様でなくとも、不可解な方法で俺を監視していることは確かなのだ。漫画や小説に出てくる超能力のような、そんな何かを彼女は持っているとしか思えない。

 こんな話を他人は信じてくれるだろうか。頭のおかしい超能力者に見張られていると警察に言っても、俺が頭のおかしい人扱いされるだけだろう。

『私のメッセージを見てくれているのですね。嬉しいですが、外で見ていると体調を崩してしまいますよ!』

 ン・ダーハからの新たなメッセージが画面に映る。彼女は今、もう悪びれもせずに俺を見ている。きっと初日のチャットにあった、見られたのは気にしない、という俺の発言を拡大解釈しているのだろう。

 ここで俺がン・ダーハに俺を見るのを止めろと言えば止めるかもしれない。彼女の行為に悪意がないことは言葉の端々で分かる。だが、同時に俺と何かしらで接していたいという欲も感じる。

 チャットでのやり取りだけで、ン・ダーハという自称神様をやりこむのはおそらく難しい。監視を止めさせてもメッセージ、メッセージをやめてもまた何か別の行動をとるに違いない。そうなったらいたちごっこだ。

 そんな面倒くさいことはともかく避けたい。ン・ダーハがなにかするたびに説得するなど、面倒くさすぎる。だから、俺は一度で済む方法をとる。

 俺はチャット画面を開き、一つの意図を持って文を紡ぐ。

『ン・ダーハさん』

『外で返事は駄目ですよぉ! 嬉しいですけど』

『俺、ン・ダーハさんとチャットして思ったんですけど、気が合うんですよね』

『本当ですか!? 私もそう思っていました。チャットしてて楽しくて、もう私が救われましたよ。神なのに(笑)』

『あ、はい。それでですねー』

『なんでしょう』

『俺たち、出会いませんか』

 がっつけば女性は離れていくもんだろ。



 女性というのはがっつく異性にひくものである。

 出会い系サイトを巡っているころ、何度も女性と会話をすることがあった。そして多くの女性は俺が出会おうと提案すると警戒心をあらわにしたものだ。

 和やかな会話だったのが一転、やれ体目的だそういう人なんだと攻撃的で口喧嘩のような会話になる。俺としては体を重ねるのではなく、さっさと出会って最低限の性格の相性を確かめ、恋人になりたいだけなのだが。

 とはいえ、どんな意図があるにせよ俺のものぐさな態度はがっついているように感じるらしい。ン・ダーハには刺激しないために大人しくしていたが、本来の俺は三日もすれば出会う約束を取り付けにかかる男である。

 俺本来の行動をとれば、おのずとン・ダーハの方がひいてくれる。よって俺の出会おう発言は功を奏すこと間違いなし、のはずだった。

『本当ですか!? では私、降臨の準備をしますので、その時は清い格好で……って、それじゃ洗礼してしまいますよぉ!(笑)』

 その発言をした後、ン・ダーハはきっちりと予定を詰めにかかり、俺たちは三日後に出会うことが決まった。予定を詰める際にも神様ジョークが飛び出ていたことから、彼女の浮かれ具合が見て取れるというものだ。

 どうやら俺の読みは楽観的だったらしい。そもそもがっついてる相手にがっつけばどうなるかなど分かるだろう。とはいえここで悲観的になってはいけない。これは好機なのだ。ン・ダーハに直接会い、彼女の意識を変える機会を得たのである。

 チャットでなあなあに付き合うより、実際に会って性格を確かめる。俺が恋人候補と出会う上で必ずすると決めている行動だ。ここまで行えたのは今までに二度しかなかったが、相手に断られることで決着をつけている。つまり、俺は出会えばそれで終わらせる可能性が高いのだ。

 ン・ダーハは俺を見ているようだから、俺の容姿については彼女の基準を超えているのだろう。しかし、細かな仕草や習慣、さらに性格を見ればどうなるか。彼女はきっと、俺に愛想をつかすに違いない。そうなれば俺が彼女を下手に刺激することなく、彼女が俺から離れていくことになる。 

 沈んでいた気分が盛り上がってくる。自分の性格の悪さが自信に繋がるとは思ってもみなかった。陰性の感情から一気に陽性に繰り上がったため、浮かれ気分になっていく。

「来るならこいってんだ神様!」

 大声で叫んだあと、いまだバイト先の帰り道であることを思い出し、我に返った。暗い辺りを見渡して、誰もいないことを確認してから、俺はそそくさと帰宅した。

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