一話 浮かれポンチなストーカー(神・♀・年齢不明)

 携帯電話が身を震わせてメールの着信を知らせてきた。メールのタイトルは『メッセージが届いています』という簡素な一文。

 内容を見ると、昨日登録した非合法出会い系サイト種族交流会からの知らせだと分かった。どうやら別の利用者からなにか連絡をされたらしい。携帯電話用のサイトも用意してあるのか、アドレスが貼り付けられている。

 俺はすぐにメールを閉じ、大学の課題にとりかかった。非合法なサイトの利用者から届くメッセージなど、読むだけ時間の無駄だろう。それよりも二期生になってから量の増えた課題の方が重要である。

 教科書やインターネットを駆使してレポートを書くだけだが、その規定枚数がやたらと多い。しかも手書きだというのだから苦労も倍以上だ。メールが届いてから一時間後、苦心しながら課題を進めていると、また携帯電話が震えている。

 タイトルの『メッセージが届いています』の文章だけを確認し、今度は中身を読まない。

 次のメールが届いたのは三十分後だった。よく考ると、知り合いからの連絡ならばメールではなくチャットアプリで通知されるはずだ。ならばメールを確認する必要もないだろう。

 携帯電話の通知を無視すると、次は二十分後に、その次は十五分、次の次は十分と間隔を短くしてメールが届く。さすがに顔をしかめるような事態となってきた。とうとう五分と間を置かずにメールが届き、俺の我慢も限界に達した。

 メールに張り付けられたリンクから種族交流会へ飛ぶ。非合法とはいえ出会い系サイトならば、メッセージの受け取り拒否くらいは設定できるだろう。携帯電話の画面に、縮小されたサイトが表示された。

 リンク先は俺用のプロフィール画面だった。初期設定であろう灰色一色のプロフィール画像が小さく表示され、その下に自分の趣味や好きなものを書く欄が用意されている。

 画面の右上にはメッセージというリンクがあり、そこには赤色の七という数字が被さっていた。メールが届いたころから察してはいたが、種族交流会にも例に漏れずメッセージ機能があるらしい。

 非合法のサイトを利用する者など、十中八九サクラだろう。メッセージを見るだけ無駄だとは思うが、ほんの少しだけ興味はある。サクラというものは、気を引くために様々工夫を凝らした文章を書くからだ。

 設定に関しては後で良いだろうと、俺はメッセージのリンクを踏む。すると、左右から吹き出しが出る形式のチャット画面が表れた。相手の言葉は右から吹き出しがでるようで、上の方から古い順に縦に並んでいる。

『こんにちは。人が紹介されてくるのを初めて見たので気になりました。よかったらお話しませんか?』

『お忙しいのでしょうか。私も普段は忙しいのですよ。ただ、今日は暇しているのです!』

『日曜日は皆憂うことなく過ごしていますから、あまり救うことがないのです。気が抜けますね。あ、もちろん救う時は全力ですよ!』

『もしかして、私のことを疑っていますか? 確かに神が登録することは稀ですが、私は本物です。神に誓ってもいいです(笑)』

『あれ、でも私のプロフィールに足跡がありませんね。では、なぜお返事を貰えないのでしょうか……?』

『もしかして、言語が違いますか? 住処が日本でしたので、日本語を使ったんですが……』

『その書類の処理に忙しかったのですね! 息抜きに私とお話でもどうですか?』

 最後まで読むと同時、思わず生唾を飲んだ。意味もなく部屋の中を見渡す。部屋の西側に小さな箪笥が一つと、漫画と小説の詰まった本棚が一つ、それから部屋の中央に炬燵机が一つ。東側は布団を敷くために空けてある。

 立ち上がって北側にある窓から外を見た。手前には住んでいるアパートの駐車場と、その奥には狭い道を挟んでどぶ川が流れてる。さらに奥を見るとパン工場がある。道には誰もいない。

 次に部屋の南西側にある押し入れを開けた。寝る前に敷く布団が一式入っているだけで、当然ながら誰もいない。

 俺の緊張をよそに、間の抜けた短い電子音が鳴る。音の主は手の内にある携帯電話からだった。その音は初めて聞く音である。電話なら好きな歌が聞こえてくるし、メールは通知音を設定せずにバイブだけをするようにしてある。チャットアプリなら水滴の音が鳴る設定だ。

 携帯電話の画面を見る。そこには、八つめのメッセージが追加されていた。

『何かありましたか? 探し物でしたら、願えば見つけられますよ!』

 息を飲み、吸いこんだ空気が喉を擦った。携帯電話を持つ手に力が入る。部屋を出て、玄関に繋がる短い廊下へと飛び出た。そのまま外に出ようとしたが、誰かがいる可能性が頭をよぎる。方向を変えて右手にある扉を開いた。

 白色の洋式便器がある四角形の空間。要するにトイレである。

 便器に腰掛けると、扉と相対する形になる。俺は意味もなく、その扉を五分ほど見つめ続けた。

 不思議と落ち着きを取り戻し、携帯電話の画面を見た。そこには新たなメッセージこそ無いものの、丁寧口調だが不気味な文章が並んでいる。

 このメッセージの主は誰だろうか。なぜ俺がレポートを書いていること、部屋と外を確認したことが分かったのだろうか。

 ストーカーという単語が思い浮かぶ。しかし、心当たりがない。バイト帰りに視線を感じることも、部屋が荒らされたり私物を盗まれたこともない。

 思考を巡らせていると、また電子音が鳴った。反射的に携帯電話の画面を見る。

『すみません。突然自分のことを言い当てられると恐怖を感じますよね。気になって覗いてしまいました。もう見ませんから』

 いつでも見れる可能性が示唆されているが、謝罪の文面があることから害意はないのだろうか。

 まだ緊張状態は解けないが、相手に害意がないことを確認すると少しばかり気が緩む。そのせいもあって、俺は尿意をもよおした。立ち上がってズボンと下着を下ろし、再び便器に座り直す。すると、電子音が鳴った。自然と画面に目が向く。

『あ、すみません。ちょっと視界に入ってしまって……事故ですから! 故意じゃないのですよ!?』

「見てんじゃねーよ!」

 緊張と羞恥が重なり、理不尽への怒りが爆発する。

 このストーカーはいったいなんだ。謝罪をしたかと思えばすぐに俺の様子を見る。しかもわざわざ伝えて俺の羞恥を煽って、いったいなにが目的だ。

 怒りは俺を行動に駆り立てた。チャット画面に表示された右側の吹き出し、その先には発言者のプロフィール画像とニックネームが表示されている。恐怖から注視できていなかったが、今ははっきりと見ることができる。

 プロフィール画像には卵の写真が使われている。そしてストーカーの名前は『ン・ダーハ』というらしい。ニックネームはリンクになっているようで、おそらくそこからプロフィールに飛べるのだろう。俺はすぐにそれを実行した。

 画面が変わり、ン・ダーハのプロフィールが表示される。

『性別:♀』

『年齢:秘密です!』

『種族:神』

『仕事:救済』

『趣味:卵から生物が生まれる瞬間を見ること』

『利用目的:恋人探し』

 俺は頭のおかしいストーカーに監視されているらしい。

 

 トイレを出て部屋に戻り、炬燵机の前に座る。机上にあるレポート用紙や文房具をどかし、ノートパソコンを開いた。インターネットに繋いで種族交流会のサイトをパソコンの画面に映す。

 ログインはすでにされており、自分のプロフィールのページとなっている。そこからン・ダーハとのチャット画面を開いた。

 相手が頭のおかしいストーカーで、自分の様子を知られてしまう以上、刺激してはいけないだろう。どうにかコミュニケーションをとり、やんわりとストーカー行為を止めるよう呼びかけることはできないだろうか。

 チャットは排尿目撃宣言を境に止まっている。俺はン・ダーハと会話すべく、タイピングを始めた。

『こんにちは、ン・ダーハさん。見られたことは気にしていないので、大丈夫ですよ』

『お返事ありがとうございます、モノグサさん! 本当にすみませんでした。今は見ていないので、安心してください』

 ン・ダーハの物腰は丁寧で柔らかいように感じる。少しばかり攻めてみても大丈夫かもしれない。

『わかりました。信じます。ところで、どうして俺のしていることが分かったんですか?』

 俺を監視している方法はやはり気になることだ。部屋だけでなく、トイレでも俺の行動を言い当てていた。あの狭いトイレにカメラなど設置できないはずだが。

『神の目は生きとし生けるもの全てを見通しますから!』

 頭のおかしいやつに訊いたのが間違いだった。

『そうでしたね。プロフィールに神ってありましたし。当然ですよね』

『プロフを見てくれたのですね! よかったら日記も見てもらえると嬉しいです』

 どうやら種族交流会には日記を作る機能もあるようだ。話の種も見つからないため、ン・ダーハのプロフィールを経由し、彼女(でいいはずだ)の日記のページに飛ぶ。日記は日付順に縦に並び、新しいものが上にくるようになっている。

 ここ最近の日時が並んでおり、ン・ダーハがまめに日記をつけていることが分かった。

 昨日付けで書かれた日記が一番上を飾っており、題名には『神にも運命をあてがうものがいるのでしょうか』とある。とりあえずそれを開いてみた。

『自動紹介でこのサイトに人が登録したことを知りました。このサイトで人を見つけるのは稀で、とても気になります。ああ、しかし私は一部の地域を任された神。例えSNSでも、一つの生命に入れ込むなど許されるのでしょうか。いえ、許されないでしょう。私はいったいどうすれば……!』

 どうすればもなにも許されないならチャットを送ってくるな。

 ふと気になり、他のバックナンバーもおおまかに読んでみたが、これ以前の日記には俺に関する記述はされていない。

 つまり、ン・ダーハが俺を見つけたのは本当に昨日のことなのかもしれない。そうなると、なぜ俺の様子が分かるのだろう。カメラを仕掛けていたのではないのか。まさか本当に彼女は神様だとでもいうのか。

 ン・ダーハの好意的な態度で沈んでいた不気味さが、これを機に浮かび上がってきた。彼女の得体の知れなさが、楽観的にストーカーを止めさせようとしていたことを後悔させる。

 画面の右上に赤色で一という数字が表れた。ン・ダーハからのメッセージだ。先ほどまでとは違い、チャット画面を開くことに抵抗を覚える。しかし、返事がなければ彼女はまた俺を見るのかもしれない。

 正体不明の監視方法を実行されるよりは、ン・ダーハと会話をした方が幾分かマシに思えた。

『昨日の日記、見てしまいましたか?』

 チャット画面には新たにその一文が加わっている。

 見てはまずかったのだろうか。見ていないと嘘をつくべきか。とはいえ、出会い系サイトに日記機能がついている場合、読まれた側は読んだ側を知ることができるのが大半だ。刺激してはいけない。素直に言うべきだろう。

『見ました』

 俺の答えに返事はない。いや、すぐに返事があるとは決まっていない。それとも俺を見ているのか。早く、早くなにか反応してくれ。

 一分が一時間にも十時間にも感じられる中、三分後、新たなメッセージが送られてきた。

『恥ずかしいですよぉ(泣)今まで神として少しでも威厳のある感じを出してたのに、あんなに浮かれてしまったの見られてしまいました! あー、モノグサさんを無神論者にしてしまったかもです(笑)』 

「元々信じてねーよ!」

 ン・ダーハは相当な浮かれポンチらしい。

 









 

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