Episode 05
「身体が重い…」
「柊香、まだ起きないの?」
「ああ…」
なんとか試験を乗り切った楓(柊香)は、花梨と学食で昼食を取っている。だが、柊香が深く眠っているせいで身体がいつもより重く感じて箸を持つ手すらうまく動かせない。身体の支配権を譲渡しているとはいっても、柊香の身体である以上その根幹を成すのは柊香の魂であり、楓が完全に自由にできるわけではない。できるとしたら、それは柊香が死んだ時だ。だから、この重みは柊香の命の重みなのだと、楓は思うようにしている。
「なんとか起こす方法ないわけ?」
「今までなら眠っていても俺の方から柊香の魂に干渉して強引に動かしたりできたが、今日はさっぱりダメだ」
「ふぅーん」
「お前なあ。人ごとじゃないぞ。このまま起きなかったらどうする」
「目を覚ますまで、楓が柊香として生きればいいんじゃない?」
「勘弁してくれよ…」
「あ、そうそう」
「何?」
「柊香の身体でいつもみたいな振る舞いするのやめて。ちょっと気持ち悪い」
そういう花梨の表情はマジだった。
「酷え…」
「柊香に変な噂が付いたらどうする気?たまに男みたいな不貞腐れた顔してるとか」
「それは困るな、今後気をつける」
空返事をし、重い腕で唐揚げを口に放り込む。柊香に迷惑はかけたくないが、さすがに女子らしい仕草や柊香の口調まではマスターしていないので、こればかりはどうしようもない。1番いい方法は、何もしないことだ。必要最低限の言動に留めておけば怪しまれることはない…はずだ…。
「んじゃ、俺帰るわ。家事残ってるし」
「まーた、柊香の顔で『俺』とか言わないで」
「へいへい」
「じゃあまた明日」
弁当を片付け、学食を後にする。とりあえず、茜さんにどう説明するか考えておかないといけない。
「重たい…」
そんな楓の足取りは、いつにも増して重かった。
ーーーーーーーーーー
「柊香ー、起きなさーい!」
「耳元で叫ばないでくださいって」
楓(柊香)の耳元で大声で呼びかけながら、茜はのんびりと雑誌を読んでいる。帰宅してから3時間が経ったが、未だに柊香が起きる気配はない。
「起きませんね」
「もう仕方ないわね…。今日の夕飯は私が作るから、楓君は先にお風呂に入ってきなさいな」
「ちょっと待ってください。俺に柊香の身体で風呂に入れと?」
「嬉しくないの?」
「目の保養にはなるかもしれませんが、後でお咎めを受けるのは俺なんですよね。悲しいことに」
「あの子のことだから、満更でもないかもしれないわよ?」
「ハイリスク・ローリターンだと判断したので遠慮します。別に風呂なんて1日くらい…」
「9歳の時のキャンプのこと忘れたのかしら?」
「………」
楓の脳裏に幼き日の記憶が蘇る。3家族一緒に山奥のキャンプ場に行ったときのことだ。豪雨のせいで近くの銭湯まで行けないと知った柊香は、それはもう鼓膜が破れるかというくらいの大声で2時間ほど泣き続けた。それ以来キャンプには行っていない。
「綺麗好きの柊香が、まさか昨日お風呂に入れてないなんて知ったらなんて言うかしらね」
「そ、それとこれとは別問題です!」
「あーもう情けないなあ!」
そう言うと、茜は楓(柊香)を脱衣所に押し込み、ダンボールを積んで塞いでしまった。
「あ、ちょっと!!」
「何も一線を超えろなんて言ってないわ。ただもうちょっとお互いのことを知りなさいな」
「方法が強引すぎるな!!!」
足音がキッチンへ遠ざかっていく。どうやら風呂に入るまで出してくれないらしい。
「…今ならあいつ眠ってるし…、さっさと済ませれば問題ない…よな?」
覚悟を決めてそーっと服を脱ぎ、風呂場の鏡の前に立ったその時、
(なーにが問題ないのかな?)
頭の中に冷たい声が響いた。これはガチで怒っている時のやつだ。
「柊香!?、お前いつから…」
(最後に何か言うことは?)
「すいませんすいません!!!!!いや俺は悪くない、お義母さんが!!!」
(問答無用!)
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
楓、出禁。
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