Episode 04

楓は昔から満員電車が嫌いだ。そもそも人混み自体嫌いだが、ラッシュ時の電車は最悪だ。身体が死んだ今でも、生理的にダメなのであまり近寄りたくない。楓が学校に行きたがらない理由の一つにもなっている。だが、どうしてもラッシュ時に乗らないといけない日もある。今日のように。


「はぁ…はぁ…。冗談じゃない。帰りは歩こう…」


改札機に切符を通し、近くのベンチに腰掛ける。ちなみに、魂だけの身体だからといって無賃乗車はしない主義なので、トイレでこっそり実体化して、きちんと切符を買って改札を通る。そもそも魂が電車に乗るという時点でおかしな話だと思うかもしれないが、よくあるフィクションのように壁をすり抜けたり、浮遊したりするのは難しい。生物はすり抜けるが、「壁」と認識するものは基本的にすり抜けられない。さらに魂にも重力が適用されているようで、フワフワと浮遊して自由に移動したりはできない。なので、死んだ後も暮らしぶりは生前と大して代わりはない。場合によっては余計な手順が多少増えるので、生前より苦労することも少なくない。


「さて、行くか」


ベンチから立ち上がり、学校へ向かう。といっても駅から徒歩1分なので、目と鼻の先ではあるが。おそらく今から行くとちょうど2限目が始まる頃だろう。


「お邪魔しまーす」


実体化を解除して校門をくぐる。もちろん門衛さんには楓のことが見えないので無反応だ。と、ここであることが気になった。


「柊香って何組だっけ…」


入学式以来、下校するタイミングを見計らって合流することはあったが、教室まで行ったことがない。それ故に、楓は柊香がどのクラスなのかすっかり忘れてしまっていた。が、


「あ、あれだな」


たとえどのクラスか覚えていなくても、一応は自分の彼女。窓際の席で頭を抱えているのを3秒で見つけた。なんでわかるかというと、以前頭をかかえているときの柊香が小動物みたいに可愛くて悶絶死仕掛けたことがあったからだ。あの時一歩間違えていたら、楓の死因が幸福の悶絶死という歴史に残る死に方になっていたであろう。


「さてと…」


柊香のクラスを校内図で確認し、誰にも気づかれることなく教室までやって来た。問題用紙を見つめて頭を抱えている小動物(柊香)は、楓が来たことに全く気づいていない。自分の彼女にすら気づいてもらえないのはそれはそれで悲しいが、まあ集中している証拠だろう。それに下手に気づいてこっちを向いたりしたらカンニングと間違われる恐れもある。これでいいのだ。

さて、ここから柊香の身体に憑依し、彼女の身体の支配権を譲ってもらうことになるのだが、


(えらく久しぶりだが上手くいくんだろうか…)


ゆっくりと柊香の身体と楓の身体が重なっていく。ただ憑依するだけならここまで慎重になる必要もないのだが、身体の支配権を切り替えるというのはものすごく繊細な技術が…いやあんまり関係ない。ただ単にビビっているだけである。


(楓?)


柊香も憑依されたことでようやく楓の存在に気づいたようだ。


(よし、ちょっと身体借りるぞ)


(ありがとう。きっと来てくれると思ってたよ)


(礼はいいから早く身体を渡してくれ)


(それだけ聞くとちょっと意味深だね)


(いいから早く)


(ん、ちょっと待ってね…)


柊香が目を閉じ、自分の意識と身体を切り離すイメージをハッキリと思い浮かべる。そして今度は楓の意識が柊香の身体と繋がる。2人がハンドオフと呼ぶ作業で、これによって身体の支配権を交代することができる。ちなみに、どちらか片方が寝ていたりして意識が無い状態だと交代できない。


(よし、繋がった)


軽く身体を動かしてうまく繋がったか確認する。ペンを持つ手がきちんと動く事を確認して、交代は完了だ。


(よし、じゃあ後は任せろ)


(ありがとう。じゃあボクはちょっと寝るよ)


(おいちょっと待て。今寝られると困る。おい寝るな)


(おやすみ…愛してるよ楓…zzz)


連日の徹夜でよほど疲れているのだろう。もう寝てしまったようだ。つまり、起きるまでこのまま楓が残りの試験を全て代わりに受けないといけないということである。


(柊香のやつ、これを狙ってやがったな…。まあいいか、ずっと引き延ばしてたあいつが悪いとはいえ、頑張ってたもんな…)


楓(柊香)は目線を問題用紙に移し、ペンを動かし始めた。

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