Episode 03

ー始業式当日ー


「う〜、眠いよぉ〜」


「だったら次は徹夜しなくてもいいように計画的に宿題をやれ」


姫川家の前で大きく欠伸をする3人+α。あの後わかったことだが、花梨と蓮も自分たちの宿題が終わっていなかったそうで、柊香のを手伝うのと同時並行で各自のをやっていた。自分の身の周りはなぜこうも計画性がないのかと楓は呆れるばかりだった。もっとも、まだ生きていて普通の高校生生活を送っていれば、同じ道を辿ったかもしれないが。


「んじゃ、いってらっしゃーい」


「いってきまーす」


手を降って柊香たちを見送り、家に戻る。楓が死んでから暫くは柊香の精神面のケアにつきっきりだったが、改善してからは家のことを主にやっているので、15歳にして立派な専業主夫である。その分柊香の生活スキルが徐々に下がってきている気がしないでもないが、他にやることも特にないので、毎日家事スキルを磨いている。たぶん、今時の20代独身よりは遥かにできる。


「さて、とりあえず洗濯するか…」


洗濯籠から柊香の、そして今日は花梨と蓮の着替えも追加で取り出す。


「さすがに花梨に俺が下着洗ったことバレたら殺されるな…。厳密には洗濯するのは俺じゃなくて洗濯機だけど…」


そんなことを呟きながら洗濯物をポイポイと洗濯機に放り込んでいると、ふいに玄関のドアが開いた音がした。


「楓くーん、いるー?」


「あ、お義母さん。どうぞー」


やってきたのは柊香の母のあかねだった。立派な社畜として毎日頑張って働いていて、残業で朝帰りも珍しくない。ただその分残業代はきっちり出るし、有給もちゃんと取れるのでまだマシな方だとか。なんでも茜さんが働いている会社では、人手不足を解消するために毎年優秀な人材をたくさん雇うようにしているのだが、何故か仕事が効率よく進むどころか増えるのだとか。普通は人が増えれば一人当たりの負担は減るはずなのだが、不思議なものだ。


「あら、楓君も女の子の下着もすっかり見慣れたのね」


「それだけ聞くと俺が変態みたいなんでやめてください」


ニヤニヤしながらそう言うと、ソファに沈む。今日は相当参っているようだ。


「そんなことよりお腹すいたー。何か作って」


「話逸らしたな…。まあいいです。ちょっと待っててください」


「ありがとう。洗濯物は後で私がやっておくから」


それなりに実力も高いし、しっかりしているところはしっかりしているのだが、色々と楓に押し付けてダラダラするあたり、やはり親子だなとよく思う。


「柊香はちゃんとやれてる?忙しくてあんまり面倒見られないから心配だったんだけど」


「夏休みの宿題を28日までやってなかったせいで、俺や花梨や蓮が大いに迷惑を被りました」


「…はぁ、あの子ったら」


「ま、無事に終わったのでいいですけどね」


「楓君も早く成仏したいでしょうに、いつもごめんなさいね」


「俺無宗教なんで別に成仏とか気にしてないです。やり方もわからないし。それに、今の暮らしにはそれなりに満足してるんで。まあ不自由も多少はありますけど」


「柊香のお風呂覗けないこととか?」


「はい、この話終わり」


「あー、話逸らしたー」


話を強引に切り上げたところで、楓のスマホに着信が入った。柊香からだ。


「はいもしもし。なんか忘れ物か?」


『どうしよー楓ー!今日始業式の後に休み明けの実力試験だって!』


ちらっと茜を見ると、目で「頑張れ少年」と返された。


「悪いが、今お義母さんに朝ごはん作ってるとこだからそっちに行くのは無理だ。自力でなんとかしろ」


『お願い楓ー!!!このままだと新学期始まって早々に三者面談だよー!!!ボクの輝かしい高校生活がー!!!』


「そうか、それは残念だ」


『ちなみに、保護者枠はお母さんじゃなくて楓だから』


「今聞き捨てならない発言が聞こえたんだが…。とりあえず今すぐは無理だ。暫く一人で乗り切れ。後でそっちへ行く」


『英語までには来てね、2限目だから。』


そう言い残し、通話は一方的に切られた。


「大変そうね」


「一体誰に似たんでしょうね」


「少なくとも私ではないわね」


「それ本気で言ってるんですか?」


自信満々に言う茜にイライラした口調で返す。外見も中身も、紛れもなく柊香はこの人の娘だ。


「あの子のああいうところ、父親似よ?」


「え………?」


「あとついでに言っておくと、あの子の一人称が「ボク」なのも、あの人の趣味よ」


「…お義父さんが出張から帰ってくるの、いつですか?」


「今週末よ。一週間休んだら今度はソルトレイクシティに二ヶ月」


「わかりました。時間を空けておくように言っておいてください。行ってきます」


白米と味噌汁と卵焼きを置き、玄関に足を向ける。


「行ってらっしゃーい」


茜は楓が家を出るのを見届け、味噌汁を一口。


「………いつの間にこんなに美味しく…いやそんなまさか…」


どうやら生活スキルが下がっているのは柊香だけではないようだった。

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