第18話 教育


 俺達十二人を乗せた『トヨスティーク』行きの馬車は、しばらく海が見える街道

 を北に向かい走っていた。後から乗り込んだ夫婦と思われる二人は俺の横に座って

『カナル』で買った真珠の話をしていた。『黒真珠』を買ったらしく二人で

 絶賛してる。


 真正面には一番最後に乗り込んできた冒険者達。コートを着た男が、肩から

 掛けるシングルベルトの少し大きめのポーチから角瓶にはいった酒を取り出し飲ん

 でいた。話し声が聞こえる。

 

 「そういう事だな! 俺達二人で組んでれば案外稼げるぜ!」

 「ああ! 『警護依頼』なんてするもんじゃないな やっぱ『魔獣退治』だよ!」

 えらく、ご機嫌な様子だ。


 「俺達も そろそろA級ランク魔獣を倒したいが二人じゃ相当厳しいだろ?」

 ガッシリした鎧を着た男がコートの男に言う。


 「ああ…A級となると別次元だ あと三人はメンバー欲しいな」

 コートの男がそう答える。


 「そうだよな… マジックボアなんか倒せたら一気に金持ちだぜ!」

 「あいつは魔法が一切効かないからな 物理だけで倒すとか俺達二人では無理

 だ 現状の俺等は B級メインで狩れば安定さ」

 「まあそうだな あんまり欲かいて命落としちまったら 話にならねーしな」

 「ああ…だけどこれから向かう『トヨスティーク』に行けば話しは別だ! 冒険

 者は巨万きょまんといるしな! どうする? 俺達スカウトされちまうかもよ? 

 他の冒険者に」

 「そんときゃ条件次第で雇われてやるさ フフッ 」


 (冒険者か……冒険者になれば、魔獣の退治や警護で生活できるんだろうけど

 しっかりした身元保証人一人か…俺の場合あまり他人には素性を知られるとまずい

 んだよな……悩ましい…冒険者)


 俺はそんな事を考え冒険者の話を聞いていた。


 しばらくすると、立て札がみえた。『⇒マイル村』

 俺はポーチから地図を取り出し現在地の確認をした。どうやら『トヨスティーク』

 まで約半分の地点まで来ているらしい。『トヨスティーク』へはこの先の橋を渡り

 しばらく川沿いの街道を進むようだ。


 馬車は立て札を過ぎ川にかかる小さな橋の手前で停車した。


 「お客さん方ー この辺で休憩にしましょう!」


 そう言うと御者ぎょしゃは、手綱を木に括り付け荷台に備え付けていた箱を二つ、馬の前

 に置いた。そのまま御者は川辺まで行くとインストールを開始した。蓄積アイテム

『ウォーター』を取り出し手のひらを翳し呪文を称えた。


 「インストール ウォーター」


 インストールはすぐに終わり、御者は戻ってきてバケツにインストールした

 ばかりの『ウォーター』を解放した。


 「リベイション ウォーター」


 バケツは、みるみるうちに水が溢れ出した。御者は溢れる水を、馬の前に置いた

 二つの箱へ流し込む。馬が一斉に水を飲みはじめた。


 「お客さん方ー水が必要なら 川で今汲んだばかりの水どうぞ! 手を洗っても

 良いし 何かに汲んで飲んでもかまいませんよー!」

 「少しもらえるかな?」

 「あたしにも頂戴!」


 乗客達はぞろぞろ馬車から降りてきて水を汲んでいった。俺は手を洗う分だけ

 使わせてもらい、岩場の上でアバナ婆さんに貰った蒸かし芋を食べる。

 周りをみると、各自でパンや芋を食べていた。そういや、この『異世界』にきて

 まだ米を見ていないが、ほとんどが芋かパンのようだ。もしかして、この

『異世界』に米は存在しないのかもしれない。


 「ちよっと…やめて下さい…それしか無いんですよ…」

 岩場の下で声がした。乗客の一人の男が、冒険者二人に何かされていた。


 「いいじゃねえーか 少しくらい分けてくれよ 金なら払うぜ?」

 「俺達 急いで来たから飯の用意してねーんだよ なっ?」


 大の大人が飯をたかっている……冒険者達は、その乗客から蒸かし芋を取り上げて

 銅貨を一枚転がした。この程度なら、俺は『知らぬ 存ぜぬ、見猿 聞か猿』を

 決め込むつもりだった。


 「な? ちゃんと金は払ったぜ」

 冒険者達はそう言うと、そのまま芋を自分の口に放り込んだ。


 「なんてひどい事するの 考えられないわ!」

 今度は、若い女が冒険者達に食ってかかった。歳は俺と変わらないくらいだろう。

 他の女は下を向いて黙っている。


 「おおっ 元気がいいねえ お姉ちゃん」

 「お姉さんには酒でも注いでもらうかな? ワッハハハ!」

 冒険者の一人が若い女の肩に手をかけて言った。


 「冗談じゃないわ! 誰があんた達みたいな男に酒を注ぐのよ 冒険者なら冒険

 者らしく振舞ったらどう?」


 (いいねぇ!ああいうハッキリした女いいわあ うん 良く見るとかわいいし…

 だけど あの若い女は自ら進んで巻き込まれる体質なんだろうな 揉めごとは勘弁

 して欲しいんだわ……今の俺には一番一緒に居たくないタイプだわ)


 他の乗客の一人が冒険者に言った。


 「そっ その子の言うとおりだ! いい加減大人しく座ったらどうだ 君達は

 まるでチンピラみたいじゃないか!」

 五十歳過ぎくらいの男だ。服装からみて商人のような風貌で体力があるようには

 見えなかった。


 「このおっさん 言ってくれるなあ チンピラだあ? 俺達はBランク魔獣も

 倒す冒険者だぞ? 舐めたこと言ってるな!」


 冒険者の一人、鎧を着てガッシリした男はそう言うと振る舞いを正そうとした男

 の顔面に突きをいれた。


 バキッ!

 「アグググッ……」

 男の鼻が潰れてる。


 (黙ってやり過ごせたらと思ったが……少し面倒臭くなってきたわ…)


 「ガッハハハ! たいした口聞きやがって 調子に乗るんじゃねーよ!」

 ガッシリした男は、倒れた商人風の男の腹を上から潰すように蹴り続ける。


 もう一人の冒険者は、若い女の肩に手を乗せたまま

 「あーあ そいつ切れちまってるぜ! こうなると俺でも止められねえよ? 

 俺達に偉そうな口叩くからそんなになるんだぜ? クックククック あれれれ?

 さっきの威勢はどうしちゃったの? ウワッハッハッハ!」


 コートの冒険者は若い女を見ながらそう言った。

 若い女も、商人風の男が蹴り続けられる光景をみて青ざめている。


 「……お客さん…こ…困りますよ……その辺にして下さい……」

 御者の人が冒険者に懇願するが、冒険者は止まらない。


 「おやじ……あんたも あんな目に合いたくねーだろ? ああん!」

 コートの男が言った。御者はプルプル振るえ後ずさりした。


 目立たないようにしてたのに…こいつ等ふざけやがって!


 「おい……いい加減にしとけよ? お前ら面倒臭いんだよ……」

 俺は商人風の男を踏み続ける、ガッシリした男に言った。

 

 「なんだあ? この餓鬼があ! てめえも その鼻つぶしてやるぜえ!」

 男は右のパンチを打ってきた。俺は左手で相手の拳を受け止め、手首を掴み自分

 の方へ引っ張り、そのまま右手の裏拳を入れた。


 グシャ!

 「グヘェェェ!」

 男は拳銃の弾のように『螺旋』を描き、回転しなが五メートルほど飛んでいった。

 倒れた場所まで行き、男の首元の鎧を摘み上げてみると失神していた。


 (…へ?…なんか…俺の力がヤバい事になっている……凄い威力になってん

 だけど! どうしたんだこれ?)


 俺は振り返り、女の肩に手を乗せて息巻いてた冒険者の所へ向かった。


 「おっ……おい 待てよ…… お前なんて事してんだ……死んでるかもしれ

 ねーぞ! どうすんだコラァ!」

 ビビリながらも息巻いてる。


 「…どうするもこうするもねーんだよ 喧嘩するって事はそういう事だろ? 

 てめえらは無抵抗の相手としか喧嘩したことねーのか?」

 「て…てめえ ぶち殺してやる……」

 コートの男は女から離れ左手を俺に向け呪文を称えようとした瞬間、絡まれてい

 た若い女が声をあげた。


 「危ない! 『サンダー』がくるわよ!」


 俺はとっくに男の後ろに回っていた。

 「遅えよ… お前は 念入れに教育してやるよ」

 俺はコートの男の翳した腕を取り、捻り上げた。


 「いてぇ! いてててて! 放せ! 餓鬼があ!」


 バキッ

 「うぎゃあああ! 腕が……腕があああ!」

 俺は掴んだ腕を膝で、へし折りそのまま顔面を蹴りあげた。


 「グフゥッッッ!」

 男の歯は何本も抜け、顎が砕けてるようだ。コートの男はピクリとも

 動かなくなった。。


 俺はそのまま倒した冒険者を馬車の荷台に乗せ転がした。


 周りは唖然として俺をみている。


 (ああ…やっちまった……またやっちまった…もう怖がられるんだろうな…

『トヨスティーク』まで変な空気なんだろうな……それにしても何なんだ?

 さっきの力は……とんでもなく強くなっているぞ、おまけに相手の動きが遅く

 見えた…もしかしてこれが長島さんが言っていた『指輪の力』なのか?)


 そんな事を考えてる俺とは裏腹に、乗客みんなが拍手している。


 「お兄さん ありがとう!」

 「たいしたもんだ 冒険者二人相手に 本当にありがとう」

 「お客さん ありがとうございました! 胸がスッとしましたよ!」


 乗客達は俺に頭を下げて礼を言ってる。

 「まあ……あれだ…困ったときはお互い様だ 時間だろ? 先に進もうぜ」

 俺達は、『トヨスティーク』を目指し出発した。


 馬車に乗り込み席につくと、最初に冒険者に絡まれ飯を食われた男が俺の前に

 来て言った。


 「あなたは強いんですね おかげで皆さん助かったことでしょう 本当に

 ありがとうございました。」

 「いや 俺はたいして強くないよ あいつらが弱かったんだよ」


 そう言って俺は、転がってる冒険者をみた。礼を言われるのはどうも苦手だ。


 前のほうでは鼻を潰された商人風の男が、からまれた若い女に薬をもらっていた。

 「これで痛みも和らぐはずだわ それあげるから食後必ず飲んでね 怪我で熱も

 多少出るだろうけど 解熱剤もはいってるから」

 「ありがとう…」


 薬を渡し終わると、冒険者に絡まれた若い女が俺の横に来た。

 「あなた 物凄く強いのね! さっきはありがとう おかげで助かったわ」

 「別に強くないさ あいつらが俺より弱かっただけだ」

 (さっきと同じ事言ってるな俺)


 「ねえ あたしが『危ない』って言ったとき 魔法がくるのわかっていたの?」

 「ん? ああ 素手だし何か仕掛けてくるなとは思ったよ」

 「何時の間にか相手の男の後ろに回っていたわよね?」

 「ああ だってあいつ等 トロ臭くなかったか? あいつ等の動きが俺には

 スローモーションに見えたぜ?」

 「…え?」

 「え? 何か おかしい事 言ったか?」

 「……ね ねえ あなたは冒険者なの?」

 「いや なんでもねーよ俺は この間まで石切場の手伝いしていただけだよ」

 「ねえ! お礼がしたいの 『トヨスティーク』についたら何かおごらせてよ」

 「…なんでだよ? もういいよ 礼なんか」

 (何かあるのか?……気味が悪い)


 「まあそう言わず あたしはテレジア! あなたは?」

 「俺は ケイゴ…」


 これが俺とテレジアの出会いだ……この時はまだ、ここ『異世界』での冒険者

 仲間になるとは、知る由も無かった。

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