第3話 出発


 玄関の外で受け取った支度金から二十万を抜き取り胸のポケットに移し変えた。


 カラカラッ

 そっと玄関を開け家に入る。洋服ダンスの前に行き一番下の自分が使っている

 引き出しを開け、残りの八十万と契約書を奥にしまい込む。見られない様に……

 慎重に…


 すでに由佳も、お袋も静かに寝息をたてている。多分、大丈夫だろう。少し興奮

 しているのか、眠気はまったくない…


 (バックぐらいは持って行ってもいいだろ? 使えそうな物を入れとくか

 歯ブラシとかは少し、早目に家を出てコンビニで買うか 着替えは二着づつ

 下着は…下着もコンビニでいいか。シャンプーとリンスもコンビニか……ほとんど

 コンビニで買えば済むな)


 「……圭吾…何ゴソゴソしてんの?」

 寝起きの目をショボショボさせて、お袋が起きた。


 「ああ 悪い。起こしちまったな ちょっと話あるんだけど……」

 お袋を居間へ誘導する。


 「何したの?…」

 「明日から仕事変えて 住み込みで働いてくるわ 内容は遺跡調査の手伝いで

 忙しくなきゃ一ヶ月に一度は帰ってこれるから」

 「…遺跡調査? なんなの、その仕事? 誰の紹介なの?変な事してない

 だろうね?」

 「変な事してないわ…今日たまたま 飲みに行ってバッタリ先輩にあったんだ

 カズさん先輩 (そんな先輩は存在しない)中学の時の 覚えてないか?」


 「カズさん先輩ねえ……覚えてないねえ…」

 お袋が少し首を傾げて考え込んでる。


 「あ! あの子かい? 一度、家に来て晩御飯食べていった子?」

 「そうそう、カズさんだよ」(相川と間違えてるわ…それ…)

 

 「ああ あの子は丁寧な言葉遣いで いい子だったね カズさんは そういう

 仕事してるのかい?」

 「そうだよ 正確には遺跡の中じゃなく掘り出された土砂を別の場所に運搬する

 作業なんだわ 言い方がまずかったな…ダンプ屋だよ ダンプ屋!」


 「なんだい そうならそうと言いなさいよ しかし明日とか日曜なのに急だね?」

 「明日帰るから一緒にって事なんだろ 支度金も出てるから安心していいよ」

 「支度金なんか出す会社なのかい? ダンプ屋が? 儲かってんだね 

 ダンプ屋は…」 

 「支度金は 後々給料から引かれるから気にしなくていいよ」

 (こりゃ二十万も渡したら怪しまれるな……)


 「とりあえず十万 置いていくから 一ヶ月したら また給料渡しに戻るよ」

 「……気をつけて行きなよ……遅いから、もう寝なよ……」

 「ああ 寝るよ おやすみ あっ これだけ置いていくよ」

 胸ポケットから十万を渡す。


「…ありがとね」


 (今の会社には起きたら電話するか……迷惑かけちまうな…とりあえず明日だ 

 もう寝よう……)


 眠気がまったくなかった、さっきとは逆に スッと眠れそうだ…


 ――五時半起床。

 少し寝坊したか…急いで着替えバックを背負って玄関に向かうと


「お兄ちゃん 住み込みで働くの?」

 昨夜の話を聞いてたらしい、布団から出て居間まで由佳がきた。少し心配そうに

 俺の顔を伺っている。


 「ああ 心配するな ちゃんと帰ってくるし連絡もするよ」

 靴を履きながら由佳に言う。


 「気をつけてね……」

 「ああ 行ってくる」


 カラカラッ 

 玄関を開け表に出ると由佳がこっちを向いていた。

 俺は手招きをすると由佳はサンダルを履いて表に出てきた。俺は小声で由佳に

 話した。


 「いいか?俺が居ない時、なんかあった時のために これ持っとけ」

 由佳に残りの十万円を渡した。

 

 「ほら、しまえ」  

 ジャージのポケットに入れさせて俺は、そのまま出かけた。俺はコンビニで必要

 な物を買い、長島さんのところに向かった。


 コンコンッ 

 用務員室の扉を叩いた。


 「おっ来たな」

 「おはよう 少し寝坊したわ」

 「いや まだ六時前だ それより家の方は大丈夫か?」

 「ああ ウマい事、誤魔化したよ ハハ」

 「そうか……ってなんだそのリュックは?」

 「は? 着替えとかタオルとか日用品だよ」


 「それは駄目だ こっちの生活品なんか見られたら一発でバレる悪い事は言わん 

 荷物は置いてゆけ」

 「マジか?」

 「ああマジだ 厄介事になる要因は極力避けろ わかったな?」

 「うーん…しょうがないか。オッケー現地でなんとかするわ」

 

 (現地がどんなんだか全然想像がつかんけど……)


 「うむ そうしてくれ とりあえず中に入れ」


 用務員室に入ると昨日とソファーの配置が中央にずらされている。三つに区切ら

 れた縦長のロッカーが露になっていた。右端は昨日、金が入った封筒があった

 ロッカーで真ん中は閉まっていて鍵がささっていた。

 左端のロッカーは扉が開いてた。中は空っぽだ…長島さんは中が空っぽの

 ロッカーを指差し


 「ここに入れ」

 「え?ここに入るのか?」

 「そうだ これが『異世界』の入り口だ」


 (ええええっ? ロッカーが入り口? 嘘だろ?)


 「ひとつアドバイスだ これは俺も使った手なんだが『記憶喪失』の

 振りをしろ!」


 「……え? 『記憶喪失』ってなんだよそれ…」

 「いいから試してみろ こっちの情報を与えず 向こうの情報を引き出すには

 物凄く有効だったのを覚えている」


 「わ…わかったわ 善処するわ…」

 (そういや、言葉は通じるんだろうか?)


 「なあ 言葉って通じるのか?」

 「ああ 昔と変わってなきゃ大丈夫のはずだ。日本語、聞いて安心するぞ 

 ガハハハ」

 

 「それならいいんだけど…んじゃ行くわ……」

 「うむ くれぐれも気をつけてな」


 俺はロッカーに入った。きついがなんとか収まる。


 長島さんが威勢よく声を張り上げた。

 「よし 出発だ 行くぞ!……(…あれ? なんか言い忘れてなかったか? まあ

  いいか……)」


 バタンッ!  

 戸が閉まる音がした。 

 ガチャッ 

 今度は鍵が閉まる音……

 ロッカーの中は薄暗く、隙間から明かりが差し込んでいたが次第に明かりが

 弱まっていくのがわかる。


 ……段々、意識が…遠のいてく…… 身体が スッ!と下がっていく感覚と同時

 に意識がなくなった。

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