第2話 梶湊の『9月21日』 エピソード1
「やっぱ、今日電車で帰るわ」
駐輪場に着いたが、取り出した自転車の鍵を持ったまま、左手をポケットに入れる。
隣でカチッと、自転車の鍵が開く音がした。
「えええ、湊、今日一緒に帰るって行ったじゃん、ひどい」
約束はしてない、と呆れつつも「ごめん」とだけ行ってひとり校門へと歩き出す。
「湊待ってよ~、駅まで一緒に行こう?」
「駅寄ると遠回りだろ」
「いいよ」
「…お前は俺の彼女か、大体お前彼女いるだろ」
むさい男の見送りはいらないので、「帰れ」とだけ言い残して一人駅に向かった。
歩くと後ろから風が追いかけてきて、何枚かの黄色がかった落ち葉がふわりと舞った。
駅の改札前、後ろから追い越す人の肩と肩がぶつかる。
「電車が――、ご迷惑をおかけしております」
忙しないアナウンスを聞きながら、足早に改札を抜け、ホームの階段を下りる。
人が多いな…。
電車を待つ列に並び、何気なくポケットに手を入れると、自転車の鍵の冷たさが指先に触れた。その鍵が、素直に自転車で帰ればよかったのにと言っているようで、少し舌打ちしたい気分だった。
アナウンスが一層騒がしくなったと思ったら、遠くに電車の顔が見えた。
スマートフォンに顔を落とす人の列、近づく電車。
「黄色い線の内側まで――」
少し口調の強い、いつもの構内アナウンス。
速度を落としながら近づく電車。
黄色い線の外側に、そして電車が通り過ぎる直前の線路に向かって、同じ制服を着た少女が落ちる――。
咄嗟に、左手を握り締めた。
筋肉を張り詰めた腕の感覚が体に伝わる。
止まれ、戻れ、彼女を死なせるな。
自分で思ったのではなく、心がそう叫んだ。
ここで俺の最初の9月21日が終わる。
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