第十色 ④
降り続いていた雨もようやく上がり、祭りの準備もいよいよ大詰めを迎えていた。
作られた守はそれぞれ建物に吊るされ、空洞になっている中の部分には火が灯されていく。
辺りでは屋台が設置されたり、祭りで使用する道具の確認作業などで住人たちが慌ただしく動き回っていた。
「いよいよ、明日だね」
「ああ」
琥珀と
七両は屋根に上って守を取り付け、琥珀は三階の彼の部屋から守を手渡す係だ。
「七両、落ちないでね?」
琥珀は心配そうに屋根の上で作業をしている七両を見上げている。
「落ちねぇよ。お前こそあんまり窓から出るなよ。そのうち落ちるぞ?」
「大丈夫だよ、心配しなくても」
琥珀はそう言いながら更に窓から身を乗り出す。
「おい、言ったそばから」
「そうだぜ、琥珀?」
七両とは別の声が聞こえたと思ったら、いきなり屋根から
「あれ、山吹?」
「よう! 守を付けるの手伝いに来たんだ。ほら、俺にも寄こしな」
琥珀は手を伸ばしている山吹に守を渡すと、
「山吹、どうやって屋根に上ったの? 梯子なかったと思うんだけど」
「ああ、それか」
そう言うと彼は人差し指を右側に向けた。琥珀が顔を向けた先には太い木がある。桜の木らしいので、当然今の時季に花は付いていない。伸びた枝ばかりが露出している。
「あそこにある木に登ってきたんだ。高さもちょうどいいしな」
「よくやるよな、毎回毎回」
七両は彼を振り返ることなく、呆れたようにそう言った。
「え? 毎回?」
琥珀が驚いていると、
「こいつは常習犯だぜ。ところで、山吹。お前、今日は素面みてぇだな?」
今度は山吹を振り返って尋ねる。
七両の質問に笑みを浮かべて頷くと、親指で自分を指してから、
「おう、当たり前だろ? さすがにまだ飲んでないって」
片手を横に振りながら歯を見せて笑う山吹に、
「前回はそう言って酔っぱらってたじゃねぇか。まあ、飲んでねぇんなら別にいいけどよ」
琥珀がそんな二人のやり取りを見ていると、今度は七両が手を伸ばした。
「琥珀、残りの分全部寄こせ。これ終わったら一旦休憩にすんぞ?」
「うん」
琥珀は部屋にあった残りの守に手を伸ばした。
そして、祭り当日。
七両は山吹と合流した後、待ち合わせ場所になっている一画の神社に向かっていた。
琥珀は珊瑚を迎えに行くと言って、先に外に出ていた。
今頃は
「おーい、七両、山吹!」
頭上から声が聞こえたので顔を上げると、神社の境内から
二人は神社の階段から下りてくると、
「お前ら、もう来てたのか?」
山吹が尋ねると、浅葱が頷いた。
「まあな。でも、そんなに大差はないぞ」
「そうそう。少し早く着いただけさ」
常磐も首を縦に振っている。
「みんな、お待たせー」
「おっ、琥珀も来たな」
山吹が声の聞こえた方に顔を向ける。七両たちも同じように見ると、琥珀が手を振りながら駆け寄って来た。
彼の後ろには珊瑚の他に空と
「お久しぶりです、鳶さん。今日はゆっくり楽しめそうですか?」
浅葱が笑みを浮かべて尋ねると、鳶は笑って頷いた。
「前回は仕事が立て込んでいて祭りに行けなかったからな」
「それが悔しかったから、今日は何が何でも早く終わらせてやるって言ってたのよね、じいちゃん」
空も笑みを浮かべてそう言った。続いて、珊瑚を見ると、
「珊瑚ちゃんが手伝ってくれたおかげで作業が早く終わったのよ」
「あたしは特別なことはしてないよ?」
驚いた顔で口にした珊瑚の顔は赤く染まっている。照れた顔を逸らしてから、
「それより、お祭り行こうよ? みんな揃ったんでしょ?」
ちらりと、目の前にいる七両たちに視線を向ける。
まあな、と七両が呟いた後、鳶が口を開いた。
「それなら先に守に色を付けに行くか? 暗くなる前の方がいいだろう」
「それもそうだな。じゃあ、みんな行こうぜ!」
威勢のいい声でそう口にしてから、山吹が歩き出す。そんな彼の後に琥珀たちも続いた。
「あそこに色のついていない守があるだろう?」
浅葱が指さしている方向には真っ白な守がいくつも置かれている。
琥珀と珊瑚が頷くと浅葱は守の傍まで歩いた後、更に説明を続けた。
「まだ色のついていない白い紙に自分の色を付けるんだ」
そう言って守に手をかざした。浅葱の手の平が触れた瞬間、薄い青色が守の白い部分を染め上げいく。
別の方に目を向ければ、常磐や山吹も同じ様に自分の色を付けている。
「ほら、七両も」
常磐に呼ばれて、七両は面倒臭そうに歩いて行くと自分の手の平をかざした。一瞬にして白い部分が紅に染まる。
「わあ」
琥珀がその様子を眺めていると、
「琥珀、ちょっと手を出して見な」
「え?」
琥珀が手の平を出した時、山吹の手の平が触れた。次の瞬間、琥珀の手の平が濃い黄色に染まった。
「これ、どういう意味?」
琥珀が驚いて目を見開いていると、続いて鳶にも名前を呼ばれ、同じ様に琥珀の手の平に自分の手の平を合わせる。
山吹色の中に鳶の濃い茶色が少しだけ混ざった。
「お前の色じゃ。琥珀色じゃよ」
鳶はそう言って、歯を見せて笑った。
琥珀も同じ様に笑みを浮かべた時、
「せっかくだから、お前も色付けてこい」
こちらに歩いて来た七両にそう言われて、琥珀は思わず目を見開く。
「いいの?」
驚いて訊き返すと、いきなり肩に誰かの腕が回された。
「当たり前だろ、そのためにお前に色を分けたんだぜ? 琥珀だってこの街の住人だ」
山吹は琥珀の肩に腕を回したまま、そう言った。琥珀は笑みを浮かべて山吹を見上げる。
「うん!」
大きく頷くと、
「それなら、あの一番高いところなんかはどうだ?」
浅葱が指さす箇所は建物の二階分はありそうな高さだ。
「あんなに高い場所は無理だよ」
琥珀が苦笑していると、浅葱は笑ったまま、
「それはどうかな? 僕の能力、忘れちゃったか?」
初めて浅葱に会った時のことが脳裏に蘇る。琥珀が「あっ!」、と声を出した時には、彼はもう片ひざを着いて地面に手を付けて色を出現させていた。
「ねぇ浅葱、何するつもりなの?」
珊瑚が不思議そうに訊くと、
「珊瑚もこの上に乗ってくれ。あの高いところまで色を伸ばすから」
「それ、危なくないの?」
「大丈夫よ。落ちたりしないから」
空はそう言って、珊瑚の隣に並ぶ。
「僕も初めて乗るよ。行こう?」
三人は青い円形の上に並んで立った。
「みんな、準備はいいか?」
それぞれが答えると、少しずつ青い円形が上昇していった。守の高さと同じくらいまで色が届いた時、琥珀は空と珊瑚とともに守に手の平を押し付けた。手を離すと、空色と珊瑚色、それに琥珀色がしっかりと白い部分を染めている。
本当にこの街の住人になったような気持になり、嬉しさから顔がほころんだ。
その後も、白い箇所はどんどん様々な色に染め上がっていく。
琥珀が自分の手の平を見ると、さきほど付着していた色は完全に消えていた。
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