第九色 ④
朝食を済ませた
(たぶん
琥珀はまっすぐ
一画に入りそのまま歩いていた時、
「琥珀」
名前を呼ばれて顔を向けると、
「珊瑚さん?」
「今、先生の所に
「柑子? どうして?」
「何か七両について聞きたいことがあるみたいよ」
琥珀は驚いてから、
「珊瑚さん、中に入ってもいい?」
珊瑚が頷いた後、琥珀は七両が
「柑子も同じようなこと言ってたわ。先生と柑子は診察室の方にいるの。付いて来て」
珊瑚はそう言うと、診察室に向かって歩き出す。琥珀も彼女の後を付いて行った。
※※※
「先生、お忙しい中すみません」
「いや、大丈夫だ。それよりも五画へは何をしに行ったんだ?」
「画材店と文房具屋へ行きました。その前に、坂を上って山道へも。見晴らしのいい場所があるので。それから、ずっと上の空なんです。昨日の派手な虎の絵を見た時も、何だか様子がおかしかったし」
「七両は自分から五画へ行くと言ったのか?」
「いえ。五画へ行く前日に琥珀に会ったんです。その時、俺が五画に行く話をしたので、それなら七両も誘おうって話をしたんです」
柑子がそこまで説明すると、露草は腕を組んだまま、
「そうだろうと思った。あいつが自分から五画へ行くとは言わんだろうからな」
「どういう意味ですか? 確かに、今まで誘っても行こうとはしなかったですけど」
露草は腕を組むのを止めると、膝の上に手を置いてからぽつりと口にした。
「柑子、あいつは恐らく五画の出身だ」
「え?」
柑子の思考が一瞬止まった。
琥珀と珊瑚も診察室の前でお互い顔を見合わせた。けれど、すぐに顔を戻して話に集中する。
「あいつは
柑子は彼の話すことを一言も聞き漏らすまいと、より硬い表情を作った。
「その昔、派手な色をした獣の絵が売られたことがあった。二日前に見た虎の絵と同じような」
「その獣の絵を描いていたのは七両ですよね? 虎の絵も含めて」
「琥珀たちを門まで見送った後、蔵にある報告書を調べてみたんです。そうしたら、あいつの名前がありました。三人の男たちがあいつに鳥獣の絵を描かせて、その絵を売っていた。売られた絵は一見すると、ただの絵です。けど、そこに描かれた獣が絵を買った住民の家から金品を盗んでいたって……」
「その通りだ。そいつらは金品を奪うために、幼い七両に無理やり絵を描かせていた。あいつがそれを拒否すると、暴力を振るっていたと聞く」
頭を鉛で殴られたような衝撃を感じた。柑子は一度目を閉じてから、すぐに開けると、まっすぐ露草を見て尋ねた。
「あの、七両の両親って……」
「親のことは分からないんだ。なんでも、物心着く前から
柑子は顔を伏せたまま、彼の話を聞いていた。
「保護された時、七両の身体にはいくつも痣があって、腕には鎖がはめられていた。逃げられないようにな。そのせいで、保護された後も誰にも懐こうとはしなかった」
柑子は話を聞いた後も黙っていた。何て言ったらいいのか分からなかった。
七両が五画に行かない理由を深く考えたことはない。てっきり、
「何度か、あいつに昔の話を聞こうとしたことがあるんです。けど、こんなこと話したくないのは当然だよな……」
苦笑して独り言のように呟いてから、深く溜息を吐いた。
露草は彼に伸ばした片手を静かに下ろした。その手を再び膝の上に置くと、
「あいつのことだ。知られて同情されるのは
※※※
「ちょっと琥珀、大丈夫?」
珊瑚に小声で尋ねられ、
「僕が五画に行こうなんて言わなきゃ……」
琥珀の両目には大粒の涙が溜まっている。
「琥珀のせいじゃないでしょ?」
珊瑚は片方の手を琥珀へ伸ばすと、彼の手を強く握った。
袖で目を抑えたまま、琥珀も彼女の手を握り返す。さっきよりも、ずっと温もりが伝わってきた。
その時、玄関の引き戸を叩く音が聞こえた。琥珀と珊瑚は廊下を隔てた向かいの部屋へ急いで入った後、少しだけ襖を開けて様子を確認する。
女のヒトが慌てた様子で中に入って来た。
「ごめんください。こちらに柑子は来ていませんか?」
浅い呼吸を繰り返す女のヒトは、どうやら柑子の職場の門番らしかった。服装が以前見た門番の男のヒトたちと似ている。
「来ているぞ。どうかしたのか?」
露草が尋ねると、
「実は今朝から街長の姿が見えないんです。柑子なら何か知っているかもしれないと思ったのですが」
「街長が?」
露草の背後にいた柑子は驚いて声を上げた。
「昨日の夜ヒガンバナが見たい、とおっしゃっていたそうなの。でも、咲くにはまだ早いし」
「ヒガンバナ……」
琥珀の頭の中に夢で見た光景が浮かぶ。周りには真っ赤なヒガンバナがたくさん咲いていた。
襖を開けようとした時、珊瑚が彼の腕を掴んだ。
「今出たら先生たちに見つかるわよ。外に出るなら窓から出て」
珊瑚は彼の手を離すと、窓まで歩いて行く。音を立てないように、静かに開けると琥珀を振り返った。
琥珀は頷いた後、窓際まで近付いて行く。
廊下からは露草たちの会話が聞こえていた。
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