第九色 ⑤
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「七両、次はこいつを描くんだ」
七両は目の前に出された絵を睨む。それは猪の絵だった。
「やり方は前と同じだ。お前の描いた絵を買ったやつの家から金目の物を盗む。お前は夜中になったら、絵の中の猪に金目の物を盗んでくるように命令しろ」
七両は何も答えず、ただ目の前の猪の絵を凝視している。
「おい、俺の話聞いてんのか? 返事はどうした?」
男は無造作に伸びた七両の髪を引っ掴んで、むりやり顔を上げさせた。
七両が墨汁が入っていた
「何しやがる、このクソガキ!」
男が七両の胸倉を掴んだ時、
「うるせぇ、このイカレ
七両がそう声を上げた時、頭に鈍い痛みが走った。そのまま崩れるように倒れ込む。
「本当に口の減らねぇガキだな。イカレ頓痴気だってよ。こいつ、どうする?」
「決まってんだろ、口の利き方ってもんを教えてやんだよ」
男はにやり、と笑みを浮かべた。桶を持っていた男と別の男も同じ様に笑みを浮かべると、突っ伏したままの七両を囲んだ。
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七両はそこで一度、足を止めた。深く溜息を吐く。
この後のことは極力思い出したくない。そもそも途中で記憶が途絶えているので、全てを覚えているわけではないのだが。
七両は歯噛みしてから、再び歩みを進めた。
やがて、二日前に見た小屋の跡地に付いた。そのまま睨み付けていると、
「お前もヒガンバナを見に来たのかい?」
振り返ると、背後に
「だが、まだ時期が早かったみたいじゃ」
にこやかに笑みを浮かべる鶯を眺めたまま、七両が口を開く。
「後を付いて来たのか?」
「部屋から景色を眺めていたら、たまたまお前の姿を見つけてのう」
七両の傍まで歩いて来ると、同じ様に跡地を見つめたまま、
「思い出していたんだろう? 昔のことを」
「ああ」
「どうして言ってくれなかったんじゃ?」
「別に言ってどうなるもんでもねぇだろ。それに、あんたに心配をかけるのは……」
七両が言いかけた時、彼の頭に鶯の片手が乗せられた。
「それで黙っておったのか? 心配して何が悪いんじゃ、お前はワシの倅(息子)じゃろう?」
「
七両が呟いた時、ある記憶が蘇った。
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部下の男性に来るように言われたので
鶯は周りの者たちの止める声に構わず、彼に近付いて行く。
屈んでから彼の肩に手を置いて尋ねた。
「七両、怪我はないかい? 一体どうしたんじゃ?」
「俺はもう絵なんて描きたくねぇ。利用されるくらいなら、もう二度と描かない」
伏せていた顔を上げると、両目からは涙が溢れて頬を伝った。両手で顔を覆って声を震わせながら、
「俺の、この血みたいな色も、こんな能力もいらねぇのに……」
鶯は肩から手を離すと、彼の頭に手を置いてゆっくりと撫で始めた。
「絵を描くのは嫌いだったのかい?」
「違う。あいつらと会うまでは好きだった。描いていると嫌なことを忘れられたから。でも」
「利用されて嫌になってしまったのか?」
七両は黙って頷いた。
「七両や、よくお聞き。もうお前さんを利用する者はいない。嫌なら無理に描けとは言わんよ。描きたいと思った時に描けばいいんじゃから」
鶯は近くに破り捨てられていた絵を見て、
「ワシはお前さんの絵が好きじゃよ。力強くて生命力に溢れておる。何があっても生きようとする意志の強さを感じる」
七両は驚いた様子で顔を上げた。まるで、信じられない、とでも言うように。
背後からは
鶯はそちらに顔を向けると、
「緋楽もお前さんが描いたのだろう?」
尋ねられて、七両は黙ったまま頷いた。
「幼いのに大したもんじゃ」
鶯はそう言うと、また彼の頭を撫でた。
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「七両!」
名前を呼ばれて、我に返った。声のした方に顔を向けると、琥珀がこちらに駆け寄って来るところだった。
「それに、お前を心配しているのはワシだけではないぞ?」
琥珀は七両の背中に腕を回すと、自分の顔を彼のみぞおちに押し付けた。
すすり泣く声が聞こえる。
「おい、琥珀?」
名前を呼んでも、聞こえてくるのはすすり泣く声だけだ。
七両は溜息を吐いてから、
「何だよ、俺が失踪したと思ったのか? 昼までには帰るって書いていっただろ」
「そうだけど。ごめん、七両。本当は
琥珀は顔を上げてそう言った。その顔には後悔が滲んでいる。
「別にお前を責めるつもりで部屋を出たんじゃねぇよ」
「……僕、夢で見たんだ。子供の頃の七両がいて、僕と同じ年くらいで」
琥珀の言葉に七両は目を見開いた。
「髪が今よりもずっと長くて、ボロボロの着物を着てた。身体は傷だらけで、すごく痩せてて……。 最初、誰だか分からなかったんだけど、途中で緋楽が現れたから。それで分かったんだ」
「俺はお前の言う通りボロボロの着物を着て、傷だらけだった。ここに昔、小屋があったんだ。俺はそこに閉じ込められてた。死ぬまでずっとここで過ごすんだろうって思ってた。けど、そん時に
琥珀は振り返ってその場所を見た。伸び放題になった草の周りに一か所だけ土が剥き出しになっている。日当たりが悪いせいか、その箇所には草は一本も生えていない。
「その日はたまたま五画に行く用事があってのう。気晴らしに山を登っていた時に七両と会ったんじゃ。最初の頃は、緋楽に襲われないか冷や冷やしたもんじゃわい」
鶯はそう言って笑って見せた。その顔は昔を懐かしんでいるように見える。
琥珀が鶯を見上げていると、ふいに頭をポンポンと軽く叩かれた。
「お前も何時までも泣いてんじゃねぇよ。いいかげん泣くのやめろ」
「で、でも……」
七両は乱暴に琥珀の頭を撫で始めた。
琥珀が困惑していると、
「今度、みんなでヒガンバナを見に来ようじゃないか。次に来る頃にはきっと見頃のはずじゃよ。なあ、二人とも?」
「ああ」
「はい」
七両と琥珀の返事に鶯が笑みを浮かべた時、
「おや、迎えが来たようじゃな」
顔を前に向けると、
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