第九色 ②

 「あっ、もう夕日が出てる!」

 「本当だ。最近日が暮れるのが早くなったね」

 琥珀と柑子が自分達を照らす夕日を見上げていると、

 「お前らが山に行ったせいだろうが」

 「たまにはいいじゃないか。それに、今日は中心地での見世物もないだろ?」

 柑子の質問に七両は答えなかった。

 そのまま黙々と歩いていく。

 帰宅途中、七両が琥珀と柑子の会話に加わることはほとんどなかった。

 

 琥珀は洗い終わった食器や箸を棚に戻しながら、さきほどの夕食の時のことを思い出していた。

 七両の茶碗や皿の中身はほとんど残っていて、全然減っていなかった。

 「七両、どうしたの? 何か五画に行ってから元気ないよ?」

 「そんなんじゃねぇよ。ただ、腹が空いてねぇだけだ」

 七両はそれ以上答えなかった。

 (具合悪いのかなぁ)

 琥珀がそう思いながら棚の引き戸を閉めた時、

 「琥珀」

 いきなり名前を呼ばれて驚いて振り返ると、

 「俺はもう寝る。あとは好きにしろ」

 「え? もう?」

 まだ寝るような時間じゃない。別の部屋や下の階からは笑い声や話し声なんかが聞こえている。

 「ああ。あんまり騒ぐなよ、いいな?」

 「分かった」

 「じゃあな」

 「うん。おやすみ」

 七両は頷いただけで、すぐに背を向けて寝室へ入って行った。

 琥珀は七両を見送ると、紅月を抱えた。

 (あんな七両、初めて見たな)

 琥珀は紅月の腹の辺りを何度も撫でた。こうしてやると、いつも気持ちよさそうに目を細めてくれる。

 けれど、紅月もいつもと様子が違う。気持ちよさそうにしていても、首を左右に振ったり小さく震えたりして落ち着きがない。

 柑子と別れて集合住宅に戻ってからも、七両は何やら考え込むようにずっと黙ったままだった。

 (柑子は気付いてたかな?)

 その時、紅月が再び身体を震わせた。

 

 翌日、朝食を済ませた七両は窓際に腰掛けて、ずっと窓ばかり眺めていた。うぐいすからもらったという筆を手にして磨く準備は出来ていても、手は完全に止まっている。

 (さっきからずっとあんな感じだなぁ)

 「紅月、どう思う?」

 琥珀は隣にいる紅月に尋ねる。けれども、もちろん紅月が返事をすることはない。

 琥珀がどうしようかな、と考えていると、誰かが集合住宅の玄関を勢いよく開ける音が聞こえた。続いて階段を上がってくる足音も聞こえてくる。

 七両の部屋の前でその足音が止むと、引き戸を叩く音が響いた。 

 「七両。柑子だ、開けてくれ!」

 引き戸を叩く音で我に返った七両は、そのまま玄関に向かって歩いて行った。琥珀もその後に続く。

 「柑子、どうした?」

 七両が引き戸を開けた先には、浅い呼吸を繰り返す柑子の姿があった。彼は七両の肩を掴むと、真剣な表情で言った。

 「七両、落ち着いて聞いてくれ」

 「どういう意味だ?」

 訳が分からないと言った顔で彼を見る。

 琥珀も不思議そうな表情で柑子を見上げていた。

 「街長まちおさが倒れたんだ」

 倒れた、と聞いて、七両は目を見開いた。

 「何時だ?」

 「今日の朝方だ。今、医務室に露草つゆくさ先生が……」

 柑子が言い終わらないうちに、七両は部屋に走って戻った。

 琥珀と柑子も部屋に向かうと、七両が窓を乱暴に開けるのが見えた。取り出した台帳から伽炎かえんを出す。

 七両が伽炎に乗ろうとした時、琥珀が彼の袖を掴んだ。

 「七両、待って!」

 七両が振り返る。

 「僕も乗せて!」

 琥珀が真剣な表情を浮かべてそう言ったのに続いて、柑子も溜息を吐いてから、

 「一人で行こうとするなよ。ところで、伽炎は何人まで乗れるんだ?」

 柑子が訊くと、

 「この人数なら問題ねぇよ」

 伽炎は三人が乗ったことを確認すると、急いで鶯の元へと向かった。

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