第八色
第八色 ①
「はい、
琥珀はアクアマリンに近い色の炭酸水。柑子と山吹、浅葱は焼酎だ。
三人は彼に対して礼を口にした。
長椅子や長卓のある休憩所に移動した後、
「
柑子がそう言うと、山吹は腰に手を当てたまま、
「しょうがねえよ、親父さんから店手伝えって言われたんだから」
「店の込み具合見て来るとは言ってたけど、厳しいかもな」
浅葱がそう言うと、
「おっ! 始まったな、
柑子が顔を向ける先には、筆を操りながら舞う七両の姿があった。
いつものように迫力のある演舞を披露している。
やがて七両の舞が終わり、彼が見物客に頭を下げた時、男が割って入って来た。
「なんだよ、もう終わりか?」
七両は頭を上げて、その男に顔を向ける。
「残念だが、持ち時間が決まってる」
すると、また別の男が観衆から出て来た。
「固いこと言うなよ?」
男はそう言うと、七両から乱暴に筆を奪った。
「あっ! 七両の筆!」
琥珀が声を上げる。
「なあ、この筆なんか仕掛けがあんだろ?」
「でも、見たところ普通の筆だぞ?」
男たちは奪った筆を不思議そうに眺めた後、
「まあ、いいや」
男の一人が筆を持ち上げた次の瞬間、七両は彼の腹に思い切り蹴りを入れた。
蹴り飛ばされた男の手から筆が離れる。七両はそのまま筆を手に持つと、何事もなかったかのように観客に対して頭を下げた。
「おい、何すんだよ!」
先に割って入って来た男が七両に凄む。
七両は男にちらりと視線をやっただけで、無視してその場を離れようとした。
「ふざけやがって!」
そう吐き捨てて七両の胸倉を乱暴に掴んでから、背後の建物の壁に押し付けた。もう一人の男が隙を付いて、再び筆を奪う。
「あいつらぁ!」
浅葱が止めるのも聞かずに、山吹は七両と男たちの元へ駆け出した。
「おい、こら!」
山吹は七両の胸倉を掴んでいた男に膝蹴りを食らわせた。目の前の男は見事に蹴りを食らい、伸びてしまっている。
「よし! あと一人だな」
山吹がそう呟いた時、琥珀の声が前方から聞こえた。
「やめて下さい! この筆、大事なものなんです!」
七両と山吹がそちらに顔を向けると、男が持つ筆を琥珀が掴んで、自分のところに引っ張ろうとしているのが見えた。
「うるせぇ、ガキが出しゃばんじゃねえ!」
男は琥珀の腕を掴むと、そのまま彼を突き飛ばした。琥珀は勢いよく地面に背中を打ち付ける。
「琥珀!」
「ふん、何だってんだ。こんな筆」
男はそう言うと筆を思い切り地面に叩きつけた。更にそれを踏みつける。次の瞬間、ミシリと嫌な音が辺りに響いた。
「あっ!」
琥珀と柑子が同時に声を出す。
「何だ? どうした?」
伸びた男を紐で括るのに集中していた山吹も顔を上げてそちらを見た。
七両は山吹の疑問には答えず、男の方へまっすぐ歩いて行く。
「おい」
こちらに顔を向けた男に七両が拳を振り下ろそうとした時、突然彼の腕が凍った。
驚いて自分の腕を見ると、濃い紅色の氷が腕全体を覆っている。
「気持ちは分かりますが暴力はいけませんよ、七両?」
柔らかな女性の声が彼を
七両や琥珀たちはその声の主を見た。
「ヒショウさん!」
「
振り返ると、大きな扇を手にした猩々緋が立っていた。一メートルを超えるその扇は、紅い地に白い蝶が舞った扇で、左右には金色の房が付いている。
扇を使用したのは、恐らく距離のある七両の元まで能力を使うためだろう。
彼女の能力は物やヒトを凍らせることだ。今は色を遠距離まで飛ばすために使ったけれど、普段はそんな使い方はしない。
「浅葱から一緒に来て欲しいと言われたものですから。それにしても、間に合ってよかったわ」
猩々緋は穏やかな笑みを浮かべてそう口にした後、琥珀に近付いて行く。
「琥珀くん、怪我はありませんか?」
屈んで彼に尋ねる。
「僕は大丈夫です。でも……」
琥珀は近くに落ちていた七両の筆に視線を向けた。柄の部分にはヒビが入ってしまっている。
筆を拾い上げた七両は、しばらくそれに視線を落としていた。
その時、いきなり男の短い悲鳴が聞こえた。琥珀たちもそちらに顔を向ける。
背を向けた男の両足は紅い氷に覆われていた。
「あなたたちに事情を聞かなければいけないわ。よろしいですね?」
猩々緋の顔には真剣な表情が浮かんでいる。口調は穏やかでも、その
男は何も言わずに頷いた。
「なあ、ヒショウさん。このこと
山吹が心配した顔で尋ねる。
猩々緋はもう一度笑みを浮かべてから、
「心配しなくても大丈夫ですよ。二人には私からちゃんと説明しますから」
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