第八色 ②
「いやぁ、早く解放されてよかったぜ」
男たちが連れて行かれた後、
本当は男たちの次に
彼女が説明してくれたおかげで、普段は頭の固い二人も素直に納得してくれたのだった。
今は先程までいた休憩場で飲み直しているところだ。
「でも、よくヒショウさんを連れて来ようと思ったよな。てっきり、あいつらを呼びに行ったのかと思ったけど」
「それだけど、
「柑子がいて本当によかったぜ!」
山吹はばんばんと隣に座っている柑子の背中を叩いた。だいぶ酔いが回っているらしい。
「痛いよ、山吹。それにしても、
柑子が辺りを見回す。けれど、彼の姿は見えない。
「おいおい、またどっかでドンパチやってんじゃねえよな?」
山吹は団子に食らいつきながら、不満そうな顔をしている。
「いや、それはさすがにないだろ? たぶん、まだ煙管吸ってるんだと思うよ」
琥珀も頷いた後、七両がいつも持ち歩いている筆に視線を落とした。見ると、
彼が煙管を吸いに行くというので、琥珀が預かっているのだ。
「それにしても、ずいぶんと派手にやられちゃったな」
そう話しかけた柑子に琥珀は首を縦に振って、
「いつも磨いて大事にしてた」
「そりゃそうだろ?
山吹が再び焼酎に口を付ける。
「えっ! そうなの?」
琥珀は驚いて前のめりになりながら、山吹を見た。
「何だよ、お前知らなかったのか?」
「何年も前になるけど、七両が
「七両、いつも肌身離さず持ち歩いているだろ?」
柑子に言われて頷いた後、最初に
その日の夜中に、筆を持って七両の真似をしたことを思い出す。
(あんなこと、しなきゃよかったな。もう少しで落としそうになったし……)
自分のした行動を後悔していると、柑子の「戻って来た」と言う声で我に返った。
顔を上げると、行き交うヒトビトの間から七両が姿を現す。
「遅いからどうしたのかと思ってたよ。はい、お前の分の焼酎」
「ああ、悪いな」
柑子から焼酎を受け取ると、それを一口煽る。
七両がふと琥珀に顔を向けると、彼が心配そうな表情でこちらを見ているので、
「そんな顔すんじゃねえよ。筆のこと気にしてんのか?」
琥珀は力なく頷いた。
七両は琥珀に預けた自分の筆を見下ろす。柄の部分のヒビは思ったより深く、中まで割れ目が出来ているようだった。
「こうなっちまったもんは仕方ねぇだろ。明日、修理に出しに行く」
持っていた焼酎をもう一度煽ってから椅子に腰を下ろすと、琥珀の手から筆を取った。
「修理に出すって、どこの店か分かんのかぁ?」
山吹が顔を真っ赤にして七両に尋ねる。
「『
「十六夜堂っていうと、腕の良い職人のいる店で有名じゃないか」
「へえー。でもよぉ、あの店変な噂なかったかぁ?」
山吹は更に焼酎に口を付けると、
「俺も聞いたことあるよ。確かそこの店の主人の顔が無いとかなんとか」
柑子も酔いが回ってきたのか、薄ら笑いを浮かべてそう返した。
顔が無いと聞いて、琥珀はどきりとした。何だか、ホラー映画のような話に自然と表情が固くなってしまう。
口をぎゅっと引き結んでいる琥珀に気付くと、
「琥珀、もしかして怖いのか?」
琥珀の頭をぽんぽん叩いて、そう尋ねる柑子は完全に酔っぱらっている。
「何だよ、お前ビビってんのか? そんなんじゃ、
山吹も面白がって、琥珀の頭を乱暴に撫で始める。
「何で、珊瑚さん!?」
琥珀は動揺を隠せない。珊瑚の名前が出て来たこと意外にも山吹と柑子がいつもと違うことに驚いていた。けれど、一番の理由は酔った時の自分の父親とノリが同じだったことにある。絡み方がそっくりだ。
「おい、二人とも飲みすぎだぞ? 少しは加減しろよ。琥珀だって困ってるじゃないか」
浅葱が止めるのも気にせず、二人は琥珀をいじって楽しんでいる。
「山吹、柑子」
七両は二人の名前を呼んだ後、それそれの口の中に小粒の紅い実を放り込んだ。
二人とも特に気にすることもなく噛んでいたが、
「うわっ、辛ぇ!」
突然山吹がそう叫んだ後、次に柑子もせき込み始めた。
「これでちったぁ酔いが
七両は持っていた赤い実を一粒口に入れた。けれど、何事もなかったように普通に食べている。
「七両、お前それ……」
浅葱が言いかけた時、七両は立ち上がって琥珀を振り返ると、
「お前、まだここにいるか? 俺はもう帰るぞ。明日、こいつを修理に出さなきゃなんねぇ」
「うん。えっと……」
琥珀は悶えている山吹と柑子に顔を向ける。水を飲んだ後も、なかなか辛さが抜けないようだ。
琥珀が返事に迷っていると、
「七両と一緒に帰った方がいいかもな。二人のことは気にしなくていいよ。僕が送って行くから」
笑みを浮かべる浅葱に琥珀は頷いた。山吹と柑子に顔を向けてから、
「二人とも、あんまり無理しないでね?」
「おう、琥珀。お前、間違ってもあの実は食うなよ?」
「琥珀、気を付けて……」
「うん。気を付けるよ」
琥珀は苦笑してそう答えてから、待っている七両の元へ走っていった。
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