第七色

第七色 ①

 七両しちりょうの目の前には、横たわった琥珀こはくそらの姿がある。

 二人とも動く気配はない。両目は固く閉じられている。

 七両は少しずつ二人に近付いて行った。

 屈もうとした時、琥珀と空の体からほぼ同時に白い煙が出た。勢いよく二人を包んでいく。

 煙が収まると同時に目を開けた時、二人の体は焼けただれたようになり——。

 「七両! 七両、どうしたの?」

 七両が目を開けると、琥珀が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 「琥珀? お前……」

 琥珀の隣には紅月こうげつの姿もある。心配そうに何度も鳴いている。

 「うなされてたよ? 大丈夫?」

 「ああ、夢見が悪かっただけだ。心配すんな」

 「でも……」

 何か言いたそうな琥珀の頭を軽く叩くと、座り直してから横に置いてあった酒ビンを掴んで勢いよくそれをあおった。

 辺りを見回すと、描きかけの絵や街の住人から分けて貰った色が小皿に入ったままになっていて、筆もその辺に無造作に置かれている。

 どうやら知らぬ間に眠っていたようだ。

 「七両、結構呑んでるね」

 琥珀が見下ろす先には酒ビンがすでに二本転がっている。

 「ああ。こうでもしねぇと寝付けないと思ってな」

 「寝酒はよくないって、お父さんが言ってたよ」

 「ああ、知ってるよ。安心しろ、深酒はしねぇ」

 琥珀は頷いてから、欠伸をした。

 今日で珊瑚さんごの一件から一週間が経った。だが、最近は二人ともあまり眠れない日が続いている。

 七両が再び酒を煽った時、住人の誰かが階段を降りていく音が聞こえた。何やら外の方も騒がしい。

 「何だろう?」

 琥珀が窓に近付いて行くと、奥の方で何やら青色の煙が昇っているのが見えた。

 気になって窓を開けようとした時、

 「開けるな。煙が入ってくる」

 琥珀の手が止まる。振り返ると、七両が近付いて来た。

 「煙?」

 「火事だ。一画いちかくの方だな」

 一画と聞いた瞬間、琥珀の中で不安が波のように押し寄せた。

 「一画のどの辺りなの?」

 「心配しなくていいぜ。あいつらが住んでいる所とは違う場所だ」

 七両がそう返しても、琥珀はまだ不安気な表情を彼に向けている。

 あいつらとは、無論一画に住む常磐ときわ浅葱あさぎたちのことだ。

 琥珀と七両は黙ったまま、窓越しに一画から立ち昇る煙を眺めていた。


 ※※※

 

 「ったく、琥珀のやつどこ行ったんだよ……」

 七両は一画の火事のあった現場の近くに来ていた。夜はすっかり明けて、今は太陽が昇っている。

 周りには多くの野次馬たちが集まっていて、夜中の火事について何やら話しているのがあちこちから聞こえてきた。

 朝、起きて朝食を済ませると琥珀は急いで部屋を飛び出して行った。

 七両も後を追いかけて来たが、まだ足が完治していないため途中で見失ってしまったのだ。

 一緒にいるはずの紅月こうげつもいつもなら自分の元へ飛んで来るのだが、今回は何故かその様子も見られない。

 七両は目の前の野次馬をにらむように眺める。

 ヒトが多いため、これ以上は進まないほうがいい。

 その時、ふいに視線を感じて振り返ると、建物の陰から珊瑚さんごがこちらを見つめていることに気付いた。

 「珊瑚、何でここにいんだ?」

 七両が近付いてそう尋ねると、彼女は少し緊張した表情で、

 「夜中の火事がすごかったから、それで見に来たの」

 「お前、一人で出て来たのか?」

 七両の問いに、彼女は頷いて、

 「火事で火傷したヒトが運ばれて来て、先生ずっと診察してたから。まだ、寝てると思う」

 視線を逸らしたままぎこちなく答えてから、ちらりと七両に視線を向ける。

 「あの、この前はごめんなさい」

 「この前? 家出のことか?」

 「それもあるけど、その、あなたの龍に色が……」

 珊瑚が言いにくそうに口にすると、七両は「ああ」と呟いてから、

 「そんなことかよ。お前の色は全部取ったから気にしなくていいぞ」

 それを聞いた珊瑚は少し安心した顔を見せた。けれど、琥珀がいないことに気付いたらしく、

 「琥珀は、一緒じゃないの?」

 「途中までは一緒だったぜ。はぐれちまったんだよ。このヒト込みじゃ、どこにいんのか分かんねぇな」

 七両は辺りを見回しながら答えた。

 集まっているヒトビトの中には子供の姿もあるけれど、琥珀に似た子供は見当たらない。

 珊瑚も顔を上げると、彼と同じようにヒト込みに視線を向けた。


 ※※※

 

 琥珀は夜中に火事のあった現場に向かって走っていた。

 火事現場が近くなるごとに心臓の音が大きく、鼓動が早くなるのを感じる。

 その後を必死に紅月が追い駆けていた。

 すでに家事があった場所にはたくさんの人だかりがある。

 黒焦げになった建物が三棟見えた。

 その建物の近くで見覚えのある男のヒトを見つけた。深い緑色の髪に同系色の甚平姿。

 同じ集合住宅に住む織部おりべだ。

 前に七両に聞いたら、彼は火消しだと教えてくれた。ここにいるのは、現場の確認のためだろう。

 本当は話しかけて事情を聞きたかったけれど、何やら誰かと真剣に話し込んでいる。今、話しかけるのは難しいかもしれない。

 普段はよく冗談を言ったり、七両をいじって楽しんでいるような明るいヒトだ。でも、今は違う。目の前の織部はまるで別人だった。

 その時、ちょうど紅月が琥珀の頭の上に乗っかった。

 「あれ、紅月? 七両と一緒にいたんじゃないの?」

 次の瞬間、琥珀は思い出したように顔を上げて、振り返った。

 左右を見回すけれど、当然七両の姿はない。

 「い、いない……」

 紅月はそれに答えるように鳴いた。琥珀は自分の腕の中に紅月を抱きかかえる。

 気のせいだろうか、紅月の顔は少し困っているように見える。

 「七両、怒ってるかな?」

 独り言のように呟いた時、紅月は琥珀の腕から離れて彼の頭上を飛び始めた。どうやら自分の主の姿を探しているようだ。

 そのまましばらく辺りを飛んでいたけれど、琥珀に顔を向けると、一言声を発した。

 「七両を見つけたの?」

 琥珀が尋ねると、紅月はもう一度鳴いてからまっすぐに飛び始めた。

 琥珀もヒト込みを掻き分けながら、その後に続いた。

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