第六色 ⑤
自分の移動してきた道を振り返る。色は辺りに飛び散り、目の前の色は掠れてしまっている。
「珊瑚!」
名前を呼ばれ恐る恐る振り返ると、距離を開けて
「探したぞ。一体、どこへ行くつもりだった?」
珊瑚は顔を上げてから
「あんたのところになんか戻りたくない!」
叫んだ直後、彼女の周りに再び珊瑚色が出現した。それはどんどん広がっていき、珊瑚の体を沈ませてゆく。
そこに
「あっ!」
二人が同時に呟いた時には、
「紫紺さん、ちょっと待って下さい!」
柑子が慌てて彼に掛け寄った。急いで紫紺の肩を掴む。
「何をする、離せ!」
その時、琥珀が二人の脇を通り過ぎた。
珊瑚色の中へ飛び込むと、どんどん色の中を進んで行った。珊瑚に近付いて行くたびに、琥珀の体は少しずつ沈んでゆく。
「珊瑚さん、大丈夫?」
「来ないで!」
拒否する彼女の体はもう半分以上沈んでしまっている。
「珊瑚さん、先生のところに戻ろう?
まだ休んでいないとダメだよ」
「嫌よ、戻ったら紫紺のところに戻されるじゃない」
次の瞬間、珊瑚と琥珀の体が更に沈んだ。
「
声のした方に顔を向けると、ちょうど
伽炎とは彼が使役する龍の名前だ。
色が盛り上がると同時に伽炎が顔を出す。
「琥珀、珊瑚掴まれ!」
二人は言われた通り、龍の背に手を伸ばした。二人が捕まったのを確認すると、その深紅の体を珊瑚色に染めながら出て来た。
そのまま主である七両の前まで琥珀と珊瑚を連れてゆく。
「二人とも、大丈夫か?」
「僕は大丈夫だけど、珊瑚さんが……」
見ると、珊瑚はぐったりとしていて呼び掛けても反応がない。
そこへ七両と紫紺も駆け付けて来た。
「全く、貴様という奴は……」
紫紺が憎々し気に言いかけたが、
「取りあえず先生んとこ連れてくぞ。話はそれからだ。お前にも聞きたいことがあるしな」
柑子は屈んで彼女を背負った後、五人で露草の元へと急いだ。
※※※
七両たちの姿が見えると、そちらへ駆け寄って行く。
「おお、見つかったか」
「ああ。何度も悪いな、先生」
「いや、そんなことよりも早く診察室へ」
露草はそう口にした後、急いで引き戸を開く。
珊瑚を診察した後、彼らは待合所に集まった。
紫紺の話では、さきほど
月白は、紫紺の友人であったそうだ。
「珊瑚はもとから体が弱い。それに加えて半分はニンゲンだ。そのせいかは分からんが能力も十分に扱えん」
「あの能力は月白さんから受け継いだんですね?」
柑子が確認すると、琥珀が驚いて尋ねた。
「能力って親と同じなの?」
柑子は頷くと、
「親から子へ受け継がれるんだよ。父親か母親の能力のどちらかだね、色は違っても一つの能力しか使えないんだよ」
「もしかして、珊瑚さんに能力の使い方を教えたのって……」
「俺だ。珊瑚の母親はニンゲンだから、能力の使い方なんぞ知らん。そもそも教えることも出来ない」
紫紺が淡々と応じる。
「紫紺、珊瑚の母親はどこにいるんだ?」
話を黙って聞いていた露草が口を開いた。紫紺をまっすぐに見据えている。
「母親も半年前に死んだ。あの女も珊瑚と同様に体が丈夫ではなかったからな」
「では、母親が亡くなった後は、お前が面倒を見ていたのか?」
「他に誰が見る?」
紫紺は眉間にシワを寄せてそう口にした。苦渋に満ちた顔を向ける。
「なるほどな。ニンゲン嫌いのお前にしちゃあ、珍しいと思ったぜ。それで、何で珊瑚はお前を嫌ってんだ?」
七両が尋ねた時、紫紺の顔が強張った。
「……露草、ニンゲンの死んだ姿を目のあたりにしたことはあるか?」
「いや、ない。急にどうしたんだ?」
少し黙ってから紫紺は七両に顔を向けた。
「七両、そのガキを外に出せ」
「何だと、てめぇ琥珀の前で何言う気だ?」
琥珀は困惑した顔を二人へ向ける。どうするべきか琥珀が迷っていると、
「だから、外に出せと……」
「分かりました」
答えたのは柑子だ。立ち上がってから紫紺に笑顔を向けて、
「二人で外に出てますよ。終わったら呼んで下さい。琥珀、行こう」
「う、うん……」
琥珀は立ち上がると、柑子の後に続いた。玄関の引き戸の閉まる音を聞いてから、露草が再び口を開く。
「二人とも行ったぞ。それで、死んだニンゲンはどうなる?」
「あの女が死んだ時、白い煙が出始めて一瞬にして体が焼け爛れたようになった」
「何だと!」
露草が驚愕して体を前のめりにして紫紺を見る。七両も驚いた表情で紫紺に顔を向けた。
「珊瑚もその場にいたのか?」
七両が訊くと、紫紺は首をゆっくりと横に振った。
「いや、いない。珊瑚もあまり体調がよくなかったからな、別の部屋にいるように言い聞かせていた」
「珊瑚は母親の死に目に会えなくて、お前を嫌っているということか?」
今度は露草が尋ねた。
「それもあるだろうが、あいつは俺がニンゲンを嫌っているのを知っているからな。大方、俺が殺したと思っているかもしれん」
紫紺はそう言うと、顔を伏せた。けれど、彼はそれ以上は何も言わなかった。
※※※
「今日も暑いなぁ、琥珀?」
「うん、そうだね」
琥珀はしゃがんだまま、中に呼ばれるのを待っていた。
「大丈夫か? 何か飲む?」
「ううん、大丈夫だよ。七両たち、どんな話してるんだろうなって」
柑子が苦笑しながら、「そうだねぇ」と呟いた時、背後の引き戸が開いた。
「あっ。七両終わったの?」
琥珀は立ち上がった後、七両に駆け寄った。
「ああ。紫紺はまだ先生と話があるらしいから、俺たちはこれで帰るぞ。柑子」
「ん?」
「お前は中に戻れ。先生と紫紺から話を聞いた後、
「了解」
柑子は頷いた後、養生所に戻って行った。
七両は反対に集合住宅の方へ向かって歩き出す。琥珀も彼に続いた。
見上げた七両の顔はいつにも増して固い表情だった。
七両の脳裏に紫紺の言葉が反響する。
(見せられるものか、母親のあんな変わり果てた姿など!)
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