第六色 ⑤

 珊瑚さんごは浅い呼吸を繰り返しながら、うずくまっていた。僅か数メートルしか移動していないのに、それ以上能力を使い続けることが出来なかった。

 自分の移動してきた道を振り返る。色は辺りに飛び散り、目の前の色は掠れてしまっている。

 「珊瑚!」

 名前を呼ばれ恐る恐る振り返ると、距離を開けて紫紺しこんが立っていた。恨みがましく彼女を睨んでいる。

 「探したぞ。一体、どこへ行くつもりだった?」

 珊瑚は顔を上げてから紫紺しこんに食ってかかった。

 「あんたのところになんか戻りたくない!」

 叫んだ直後、彼女の周りに再び珊瑚色が出現した。それはどんどん広がっていき、珊瑚の体を沈ませてゆく。

 そこに琥珀こはく柑子こうじも駆け付けた。

 「あっ!」

 二人が同時に呟いた時には、紫紺しこんの足元からは紫色のムチのようなものが出現していた。

 「紫紺さん、ちょっと待って下さい!」

 柑子が慌てて彼に掛け寄った。急いで紫紺の肩を掴む。

 「何をする、離せ!」

 その時、琥珀が二人の脇を通り過ぎた。

 珊瑚色の中へ飛び込むと、どんどん色の中を進んで行った。珊瑚に近付いて行くたびに、琥珀の体は少しずつ沈んでゆく。

 「珊瑚さん、大丈夫?」

 「来ないで!」

 拒否する彼女の体はもう半分以上沈んでしまっている。

 「珊瑚さん、先生のところに戻ろう? 

 まだ休んでいないとダメだよ」

 「嫌よ、戻ったら紫紺のところに戻されるじゃない」

 次の瞬間、珊瑚と琥珀の体が更に沈んだ。

 「伽炎かえん、潜れ!」

 声のした方に顔を向けると、ちょうど七両しちりょうの龍が珊瑚色の中に潜っているのが見えた。

 伽炎とは彼が使役する龍の名前だ。

 色が盛り上がると同時に伽炎が顔を出す。

 「琥珀、珊瑚掴まれ!」

 二人は言われた通り、龍の背に手を伸ばした。二人が捕まったのを確認すると、その深紅の体を珊瑚色に染めながら出て来た。

 そのまま主である七両の前まで琥珀と珊瑚を連れてゆく。

 「二人とも、大丈夫か?」

 柑子こうじが二人の元へ駆け付ける。

 「僕は大丈夫だけど、珊瑚さんが……」

 見ると、珊瑚はぐったりとしていて呼び掛けても反応がない。

 そこへ七両と紫紺も駆け付けて来た。

 「全く、貴様という奴は……」

 紫紺が憎々し気に言いかけたが、

 「取りあえず先生んとこ連れてくぞ。話はそれからだ。お前にも聞きたいことがあるしな」

 柑子は屈んで彼女を背負った後、五人で露草の元へと急いだ。


 ※※※


 露草つゆくさ養成所ようじょうしょの引き戸の前で待っていた。

 七両たちの姿が見えると、そちらへ駆け寄って行く。

 「おお、見つかったか」

 「ああ。何度も悪いな、先生」

 「いや、そんなことよりも早く診察室へ」

 露草はそう口にした後、急いで引き戸を開く。

 珊瑚を診察した後、彼らは待合所に集まった。

 紫紺の話では、さきほど柑子こうじが話したように珊瑚の両親は彩街あやまちの住人とニンゲンの間に出来た子供であること、父親は月白つきしろという人物で珊瑚が生まれてすぐに亡くなったことを語った。

 月白は、紫紺の友人であったそうだ。

 「珊瑚はもとから体が弱い。それに加えて半分はニンゲンだ。そのせいかは分からんが能力も十分に扱えん」

 「あの能力は月白さんから受け継いだんですね?」

 柑子が確認すると、琥珀が驚いて尋ねた。

 「能力って親と同じなの?」

 柑子は頷くと、

 「親から子へ受け継がれるんだよ。父親か母親の能力のどちらかだね、色は違っても一つの能力しか使えないんだよ」

 「もしかして、珊瑚さんに能力の使い方を教えたのって……」

 「俺だ。珊瑚の母親はニンゲンだから、能力の使い方なんぞ知らん。そもそも教えることも出来ない」

 紫紺が淡々と応じる。

 「紫紺、珊瑚の母親はどこにいるんだ?」

 話を黙って聞いていた露草が口を開いた。紫紺をまっすぐに見据えている。

 「母親も半年前に死んだ。あの女も珊瑚と同様に体が丈夫ではなかったからな」

 「では、母親が亡くなった後は、お前が面倒を見ていたのか?」

 「他に誰が見る?」

 紫紺は眉間にシワを寄せてそう口にした。苦渋に満ちた顔を向ける。

 「なるほどな。ニンゲン嫌いのお前にしちゃあ、珍しいと思ったぜ。それで、何で珊瑚はお前を嫌ってんだ?」

 七両が尋ねた時、紫紺の顔が強張った。

 「……露草、ニンゲンの死んだ姿を目のあたりにしたことはあるか?」

 「いや、ない。急にどうしたんだ?」

 少し黙ってから紫紺は七両に顔を向けた。

 「七両、そのガキを外に出せ」

 「何だと、てめぇ琥珀の前で何言う気だ?」

 琥珀は困惑した顔を二人へ向ける。どうするべきか琥珀が迷っていると、

 「だから、外に出せと……」

 「分かりました」

 答えたのは柑子だ。立ち上がってから紫紺に笑顔を向けて、

 「二人で外に出てますよ。終わったら呼んで下さい。琥珀、行こう」

 「う、うん……」

 琥珀は立ち上がると、柑子の後に続いた。玄関の引き戸の閉まる音を聞いてから、露草が再び口を開く。

 「二人とも行ったぞ。それで、死んだニンゲンはどうなる?」

 「あの女が死んだ時、白い煙が出始めて一瞬にして体が焼け爛れたようになった」

 「何だと!」

 露草が驚愕して体を前のめりにして紫紺を見る。七両も驚いた表情で紫紺に顔を向けた。

 「珊瑚もその場にいたのか?」

 七両が訊くと、紫紺は首をゆっくりと横に振った。

 「いや、いない。珊瑚もあまり体調がよくなかったからな、別の部屋にいるように言い聞かせていた」

 「珊瑚は母親の死に目に会えなくて、お前を嫌っているということか?」

 今度は露草が尋ねた。

 「それもあるだろうが、あいつは俺がニンゲンを嫌っているのを知っているからな。大方、俺が殺したと思っているかもしれん」

 紫紺はそう言うと、顔を伏せた。けれど、彼はそれ以上は何も言わなかった。


 ※※※


 「今日も暑いなぁ、琥珀?」

 「うん、そうだね」

 琥珀はしゃがんだまま、中に呼ばれるのを待っていた。

 「大丈夫か? 何か飲む?」

 「ううん、大丈夫だよ。七両たち、どんな話してるんだろうなって」

 柑子が苦笑しながら、「そうだねぇ」と呟いた時、背後の引き戸が開いた。

 「あっ。七両終わったの?」

 琥珀は立ち上がった後、七両に駆け寄った。

 「ああ。紫紺はまだ先生と話があるらしいから、俺たちはこれで帰るぞ。柑子」

 「ん?」

 「お前は中に戻れ。先生と紫紺から話を聞いた後、猩々緋しょうじょうひに伝えろ」

 「了解」

 柑子は頷いた後、養生所に戻って行った。

 七両は反対に集合住宅の方へ向かって歩き出す。琥珀も彼に続いた。

 見上げた七両の顔はいつにも増して固い表情だった。

 七両の脳裏に紫紺の言葉が反響する。

 (見せられるものか、母親のあんな変わり果てた姿など!)

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