第六色 ④

 琥珀こはくは前を歩いている少女へ声を掛ける。

 「ねぇ、待って!」

 「あなた、さっきの……」

 振り返った少女は少し驚いていたが、琥珀はそのまま続けた。

 「もう起きて大丈夫なの? どうしてここに……」

 言い掛けた時、少女は琥珀の腕を掴んでから早口で尋ねた。

 「話は後よ。ここにいたら見つかっちゃうじゃない。あたしは珊瑚さんご。あなたは?」

 睨むような鋭い視線にためらいながらも、

 「琥珀」

 「じゃあ、琥珀こっちに来て。なるべく離れなくちゃいけないんだから」

 珊瑚に連れられて歩き出した時、若い男性が琥珀を呼んだ。

 「琥珀? 何してるんだい、そんなところで?」

 「柑子こうじ?」

 見ると、目の前には柑子が立っていた。

 軽く手を挙げてからこちらに駆け寄って来たが、珊瑚を見た瞬間、彼の表情が変わった。琥珀に顔を向けてから、

 「ねぇ、琥珀。この子は知り合い?」

 「えっと、さっき知り合ったんだけど、どうして?」

 柑子は再び珊瑚に顔を戻して尋ねた。

 「君が珊瑚だね? 紫紺しこんさんが君のことを探してて……」

 柑子が言い終わらないうちに、珊瑚は琥珀の手首を離すと、駆け出した。

 「ちょっと、待って!」

 柑子と琥珀が追い駆けようとした時、珊瑚の足元が彼女の名前と同じ色に染まった。その瞬間、珊瑚の体が色の中に沈むとその中を泳ぐように移動し始めた。川のようにまっすぐ伸びてゆく。

 琥珀は彼女と初めて会った時の光景を思い出す。

 「柑子、どういうこと?」

 困惑したまま柑子に尋ねる。

 「実は午前中に紫紺さんに会って、その時に女の子を探しているって言われたんだよ。珊瑚っていう彩街あやまちの住人とニンゲンの間に生まれた子だって。見掛けたら報告して欲しいって言われていたんだ。取りあえず、後を追おう」

 琥珀は頷くと柑子とともに珊瑚色の続く方向に向かって駆け出した。


 ※※※


 「七両しちりょう、本当に珊瑚はここにいるんだろうな?」

 紫紺は七両をいぶかしむように見た。

 目の前には露草つゆくさ養生所ようじょうしょがある。

 「だから、何度もそう言ってんだろうが。目の前でぶっ倒れたから、ここに連れて来たんだよ」

 七両が面倒くさそうに答えた時、突然引き戸が開いた。

 中から慌てた様子で露草が出て来た。

 「なんだ、七両か。すまないが後にしてくれんか? 今それどころじゃないんだ」

 露草は明らかに焦っていて、一刻も早くここを出たいように見える。臨時休業と書かれた紙まで手にして。

 「先生、こっちもそれどころじゃねえんだ。珊瑚のことで話がある」

 七両は紫紺を横目で見た。露草はたった今気付いたというように声を上げてから、

 「紫紺!」

 「珊瑚に会わせろ。中にいるんだろう?」

 露草はすぐには答えなかった。少しの沈黙が流れた後、

 「すまん、私が目を離した隙にどこかへ行ってしまったようなんだ。私も今から探しに行く」

 紫紺が歯噛みしたその時、紅月の声が聞こえた。まっすぐこちらへ飛んで来る。

 「紅月、お前その色……」

 七両の目の前を飛んでいる紅月の体のところどころに珊瑚色が付着している。

 どうやら珊瑚たちの居場所を知っているようだ。

 「珊瑚を探してくる。先生はここにいてくれ」

 露草は少しの間迷っていたが、

 「ああ、分かった」

 彼が頷いた後、紫紺が恨めしそうに言った。

 「あのガキめ、一体どれだけ迷惑を掛ければ気が済むんだ。これだから、ニンゲンは……」

 恨めし気な彼の呟きを、七両は聞かなかったことにした。

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