第六色 ③

 柑子こうじに会った時は、もしかしたら保護されているのではないかと思った。

 だが、それも見当違いだった。

 珊瑚さんごがいたはずの部屋は障子が珊瑚色に染まり、そのまま廊下まで色が続いていた。

 一体、いつ部屋を出たのか。ここを出たところで、まだ保護が必要であることは本人が一番よく分かっているはずだ。

 (いないことに気付けなかった俺も迂闊うかつだが……)

 自宅がある五画ごかく、続く四画よんかく三画さんかくにも足を運んでみたが、珊瑚は見つからなかった。

 四画を歩いていた時、ちょうど染物師であるとびが染めたばかりの衣服を干していたので尋ねてみたが、そんな少女は知らないと言う。

 脳裏に能力を使う珊瑚の姿が浮かぶ。

 能力の調整が出来ない彼女の姿が、まざまざと思い出される。

 色は違えど、能力はまるっきり父親と同じものだ。

 色を地面に浮かべると、川のように広がる。その中へ入れば、色を伸ばして自在に泳ぎ回ることが出来る。

 戦闘には不向きとなる能力だが、穏やかだった彼の性格を考えればとても相性のいい能力だ。

 「月白つきしろ……」

 穏やかな笑みを浮かべる彼の姿を思い出す。

 けれども、珊瑚が似ているのはせいぜい能力ぐらいだろう。見た目は全く父親とは似ていないのだから。

 彼女は完全に母親似だ。

 紫紺は我に返ると顔を上げた。目の前には茶屋や呉服屋が並んでいる。

 (残りは二画にかくと中心地の一画いちかくだが……)

 あの辺りはここよりも店の数が多いため、何か手掛かりが掴めるかもしれない。

 紫紺は歩みを進めて二画にかくへ向かった。

  

 ※※※


 琥珀こはくたちが集合住宅に向かっている途中、聞き慣れた女性の声が聞こえて思わず二人して顔を上げた。

 「この声、梔子くちなし?」

 琥珀が呟いた時、七両しちりょうが前に顔を向けたまま、

 「お前は、そこの建物の影に隠れてろ」

 「え? でも……」

 「いいから、そこにいろ。様子見て来る」

 そう琥珀に言い聞かせた後、七両は声のする方に歩いて行った。

 琥珀は言う通りに背後にある建物の影に移動してから、こっそりと様子を伺う。

 見ると、梔子が誰かと言い合っているのが見えた。彼女の隣にはそらの後ろ姿も見える。

 「そんな女の子知らないって言ってるじゃない! しつこいわよ!」

 梔子が叫んだ時、目の前に彼女と同じ色の花びらが舞った。

 七両は慌てて空に駆け寄ると、

 「空、目ぇ閉じろ!」

 「え? 七両?」

 七両は自分の袖を彼女に押し当てた。彼自身ももう片方の袖で顔を隠す。

 梔子の能力は相手に幻覚を見せることだ。そうしなければ、こちらが幻覚を見ることになる。

 その瞬間、バチっという電流が流れるような音が聞こえた。

 二人が目を開けると、梔子は数歩よろめいて隣の建物の壁にもたれていた。

 「梔子!」

 空は梔子に駆け寄ると、彼女の体を支えた。

 「ずいぶんと荒々しい真似をするじゃねえか、紫紺?」

 七両が睨む先にいるのは紫紺だった。紫色の短冊の形をした紙の束を手にしている。さきほど琥珀が拾った物と全く同じ物だ。

 梔子の足元にはたった今、彼女の能力を封じた紙の残骸が落ちている。

 「貴様に言われる筋合いはない。俺はただそのニンゲンの女に聞きたいことがあるだけだ。邪魔をするな」

 紫紺が答えた時、梔子をさすりながら、

 「あの、私本当に知らないんです。その女の子のことは」

 空は恐怖を抑えながら、上ずった声で答える。

 隣では梔子が悔しそうな顔で紫紺を睨み付けていた。その目には涙がうっすらと滲んでいる。

 紫紺が空に近付こうとした時、七両が彼女と梔子を庇うように前に出た。

 「紫紺、そういやさっき月白つきしろと似た能力を使う子供に会ったぜ?」

 「何だと?」

 「色を伸ばして広げると、川みたいになるんだったよな? 月白の能力は。泳いで移動するのはなかなか大変みたいだけどな」

 紫紺は七両の胸倉を乱暴に掴んだ。彼が口を開く前に、七両が続ける。

 「どこにいるか教えてやろうか?」

 空と梔子は黙って二人のやり取りを見守っていた。


 ※※※


 琥珀がこっそりと眺める先には、梔子と空の姿がある。二人の前にいるのは紫紺だ。

 (だから、七両は隠れてろって言ったのか)

 琥珀は彼の言ったことに納得した。

 七両が三人に近付いて行くのを眺めていた時、ふいに誰かが琥珀にぶつかった。

 「あっ、ごめんなさい……」

 「いえ、僕の方もすみません」

 女のヒトに謝られ、それに答えていた時、さきほどの珊瑚色の髪の少女が歩いて行くのが見えた。

 (あの子、露草先生のところにいたんじゃ……?)

 琥珀は慌てて彼女を追いかけた。

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