第六色 ②

 「先生、わりい」

 七両しちりょうは再度、養生所ようじょうしょの引き戸を開けた。

 「どうした? 忘れ物か?」

 露草つゆくさは不思議そうな顔を彼に向けている。

 「目の前で子供が倒れたんで連れて来た。診てやってくれ」

 「子供?」

 露草は慌てて外に出ると、目の前には緋楽ひがくの背中に乗せられている少女の姿があった。

 顔色は悪く、青ざめている。

 「分かった。診察室に布団が敷いてあるだろう。ひとまず、そこへ」

 「先生、緋楽ひがくは?」

 琥珀こはくが尋ねると、露草つゆくさは振り返ってから、

 「悪いが、緋楽は入れられん。ここで待機させるか、台帳に戻してくれ」

 そう言うと少女を背負って、診察室へと向かった。

 「緋楽こいつは一旦、台帳に戻すぞ」

 七両は台帳を捲っていく。

 琥珀は残念そうな表情を浮かべた後、頷いた。今日も強い日差しが照り付けているのだから仕方がない。本当は台帳に戻して欲しくなかったのだけれど、琥珀はその気持ちを押し込んだ。


 ※※※

 

 少女は敷かれた布団に寝かされた。

 露草が言うには、恐らく能力の使い過ぎによる疲労だろう、ということだった。夏日の暑さも関係しているのではないか、とも。

 「能力を使いすぎると倒れるんですか?」

 琥珀が尋ねると、露草は頷いた。

 「まあな。体力が持たなくなるからな。だが……」

 「先生、この子供何か変じゃねえか? 俺たちともニンゲンとも違うぜ?」

 七両が呟く。

 「なんだ、お前気付いていたのか?」

 「まあな」

 「え? 何が?」

 琥珀が首を傾げていると、七両が少女の耳を見るように言った。

 「あれ? 人間の耳だ。じゃあ、この女の子人間なの?」

 「さあな、まだそこまでは分かんねぇよ」

 そう言うと、露草へ声を掛けた。

 「先生」

 七両はさきほど琥珀が拾った紫色の紙を露草へ渡した。

 「これは……」

 言いかけた露草に七両は小声で、

 「子供の目が覚めたら、確認してくれ。恐らく、想像通りのはずだぜ?」

 そう言った後、琥珀の名を呼んだ。

 「そろそろ帰んぞ。これ以上いても仕方ねぇからな」

 「えっ? うん……」

 琥珀は眠っている少女へ顔を向けた。ぐっすりと眠っている。

 七両の方を見ると、彼は既に立ち上がっていた。

 琥珀も慌てて立ち上がった。


 ※※※


 目を覚ますと、視界に入ったのは紺色の着物を着た男のヒトの後ろ姿だった。髪も薄い青色で、一目で紫紺しこんではないことが分かる。

 辺りを見回してみると、薬品が入ったビンや包帯が並んだ棚が見える。

 自分の記憶を辿ろうとしたけれど、思うように頭が働かない。

 そのままぼーっとしていると、男のヒトが振り返った。

 「ああ、目が覚めたか?」

 男のヒトはそう言うと、少しずつこちらに近付いて来た。

 「私は露草といって、この養生所の医師だ。ここに来た時のことは覚えているか?」

 「さっき男のヒトに話しかけられた。紅い髪の男のヒト」

 「あの男は七両と言うんだ。一緒にいた少年は琥珀と言って、ニンゲンだよ」

 「ニンゲン?」

 少女が驚いて起き上がるのを見て、露草は手を出して彼女を制した。

 「お前さん、名前は何というんだ?」

 「珊瑚さんご

 「珊瑚。目覚めて早々で悪いが、に見覚えはあるか?」

 露草は屈んで珊瑚と目線を合わせてから、さきほど七両から渡された紫色の紙を見せた。

 「それ……」

 珊瑚に渡すと、

 「これは能力を抑える時に使う物だ。私が気になったのは、紙の色と書かれている文字だ。これは紫紺しこんの物だろう?」

 紫紺の名前を聞いた時、彼女の顔が強張った。目の前にいる露草から視線を外す。

 「その紙を持っているヒトなら、あたし以外にもいるはずよ?」

 「確かに、小さい子供を持つ親なんかは持っているかもしれないな。能力をまだ上手く扱えないから、これを使って封じるんだ。能力が暴走しないように。だが、お前さんは……」

 露草が言いかけた時、珊瑚は突然布団を引っ張って頭まで被ると横になってしまった。

 これ以上は何も聞きたくないし、話したくもない。露草に対する明らかな拒絶が見て取れる。

 珊瑚は布団を被ったまま、そこからぴくりとも動かない。

 露草は溜息を吐くと、屈むのをやめた。

 「話したくないなら今はいい。ゆっくり休みなさい」

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