第七色 ②

 「あっ、いた!」

 琥珀が顔を向ける先には七両しちりょうの姿があった。

 彼の元へ駆け寄って行くと、七両は溜息を吐いてから彼を睨むように見てから、

 「ったく、勝手に行くんじゃねえよ」

 「ご、ごめん……」

 申し訳なさそうに顔を伏せる琥珀を凝視したまま、

 「俺の言った通りだったろ?」

 「うん」

 七両は溜息を吐いた後、振り返って珊瑚さんごの名を呼んだ。

 「お前もな、いつまで俺の後ろにいんだよ? いい加減出てこい」

 「え?」

 琥珀が驚いていると、七両の背後から珊瑚が顔を出した。

 こちらを伺ってから、おずおずと前へ出て来る。

 「珊瑚さん! どうして七両といるの?」

 「このヒトのこと見つけたのよ。話しかけようか迷っていたら、声かけられて。琥珀のこと聞いたら、途中ではぐれたって言うから」

 珊瑚は顔を伏せたままそう口にした。

 「えっと、先生は?」

 「いねぇよ。こいつ一人で出て来たんだと」

 「一人で?」

 琥珀は再び驚いた顔を彼女に向ける。

 「琥珀、これで気が済んだだろ? 帰んぞ」

 「うん」

 「珊瑚、お前も黙って出て来たんだからさっさと帰んな」

 七両は琥珀から珊瑚へ顔を向ける。しかし、珊瑚は何も答えない。

 「珊瑚さん、どうしたの?」

 琥珀が尋ねると、彼女はぼつりと、

 「あの、琥珀。あなたの甚平……」

 「え? 僕の甚平、どうかした?」

 琥珀は自分の甚平に視線を落とす。

 「この前、汚しちゃったから。だから、謝りたくて」

 琥珀は顔を上げてから、

 「あれかぁ。大丈夫だよ。ちゃんと色は落ちたから」

 彼女に笑顔を向けると、珊瑚も少し笑みを浮かべて、

 「それなら、良かった。じゃあね」

 珊瑚はそれだけ言うと、琥珀たちに背を向けて歩き出した。

 「あれ? あっちの方は……」

 「おい、珊瑚」

 七両は琥珀の言いかけたことを遮って珊瑚を呼び止める。続けて、

 「そっちじゃねえよ。養生所ようじょうしょは反対方向だ」

 七両が養生所の方を指さすと、珊瑚は顔を伏せてこちらに戻って来た。

 「まだこの辺のこと分からなくて……」

 そう口にする彼女の顔は紅く染まっている。

 「同じような建物ばかりだもんね。大丈夫だよ、僕も最初分からなかったし」

 琥珀も笑顔でそう声を掛ける。

 「ったく、しょうがねえな。ほら、先生んとこ行くぞ」

 琥珀たちは露草の養生所へ向かった。


 養生所の引き戸を開けると、既に露草は起きていた。驚いた表情でこちらを見ている。

 「先生、おはようございます」

 琥珀が挨拶をすると、露草は不思議そうに、

 「ああ、おはよう。お前たち、どうしたんだ? こんなに朝早く」

 「珊瑚を連れて来たんだ。火事のあった場所の近くで会ったぜ」

 「何だと?」

 珊瑚は七両の後ろから露草の顔色を伺っている。

 「いつの間に外に出たんだ?」

 「一応、先生の様子を見に行ったよ。でも、寝ていたから」

 「珊瑚、外に出るなとは言わん。ただ、出るならせめて置手紙くらいはしてもらわんと私も困る」

 注意を受けた珊瑚は顔を伏せて、小さく「ごめんなさい」と呟くだけだった。

 「お前たちもすまなかったな」

 「いや。ところで、珊瑚をいつまで預かるんだ?」

 七両が尋ねると、露草は少し考えてから、

 「まだはっきりとは決まっていない。二日前に紫紺しこんが一度来たが」

 「何て言ってた?」

 「もうしばらく預かって欲しいと頼まれた。あいつもここ何日かは忙しかったはずだぞ。今回のことで色々と街長まちおさ猩々緋しょうじょうひに報告があっただろうからな」

 「もしかして、紫紺さんと一緒にヒショウさん(猩々緋の愛称)のところに行ったの?」

 琥珀は心配そうな表情で珊瑚に顔を向けた。

 「紫紺とは行ってないよ。先生に連れて行ってもらったの」

 「そっか。ヒショウさん優しいよね」

 珊瑚は何も言わずにただ首を縦に振った。

 「じゃあ、俺たちはこれで帰るぞ」

 「すまなかったな、二人とも」

 七両は黙ったまま頷いた。

 「珊瑚さん、じゃあね」

 琥珀が手を振ると、珊瑚もぎこちなく手を挙げた。

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