第五色

第五色 ①

 その日もよく晴れていた。

 彩街あやまちの中心地には大勢の客が集まっており、気に入りの店を見て回ったり酒や料理なんかに舌鼓を打って、それぞれ思い思いの時間を楽しんでいる。

 広場にはそれぞれ与えられた時間で見世物を披露する者たちが集まっていた。

 その中にはもちろん七両しちりょうの姿もある。

 彼の出番は後半のため、他の者が披露する見世物を見物して自分の番を待った。

 自分の番が回って来ると、いつものように演舞を披露しながら絵を描き上げていたのだが、右足を地面に着けようとした時、

 (――っ!)

 誤って右足首を捻ってしまった。

 そのせいでよろけてしまい、絵の一部が歪んだ。

 見物客に目を向けると、異変に気付いた客が他の客と話しているのが見える。

 構わず、そのまま演舞を続けたが痛みは増していく一方だ。

 ようやく絵が完成して、演舞を終えた頃には歩くのもやっとだった。

 「七両、大丈夫か?」

 七両の演舞を見ていた見世物の参加者が声をかける。

 「ああ。何でもねえ、少しよろけただけだ」

 「でも、お前その足……」

 「少し休めばよくなる」

 いつもなら演舞が終わった後は、他の店を見て回ったりするのだが、今回はそれも出来そうにない。

 話しかけた男に礼を言うと、そのまま集合住宅へ向かった。


 ※※※

 

 「七両、足大丈夫?」

 琥珀こはくが尋ねると、七両は部屋であぐらをかいて自分の右足を睨むように凝視していた。

 昨夜、傷みを我慢して、絵を最後まで描き上げたのはいいが、部屋に戻って来る頃には更に痛みが増していた。

 琥珀も彼の足に視線を落とす。右足の足首はぶつけたわけでもないのに、れているように見える。左足と比べてもその差は歴然だ。

 「お医者さんに見てもらった方がいいよ。今日は仕事も休まないと」

 琥珀は昨日、梔子くちなしの部屋で過ごしたため彼の演舞は見ていない。

 「なら、琥珀。一つ用事を頼まれてくんねぇか?」

 七両は顔をあげてから、琥珀へ言った。

 「いいけど、なんの用事?」

 琥珀は今日することをざっと頭の中で思い浮かべてみる。けれど、特に済ませなければいけないことはなかったような気がした。

 「そらに持って行って欲しいもんがあるんだ」

 七両は、部屋の隅に置いていた風呂敷に包まれたそれを引っ張って、琥珀の前に置いた。

 「寝間着ねまきだ。俺とお前の分」

 「寝間着?」

 琥珀が風呂敷をほどくと、中から真っ白な衣類が二枚出て来た。

 「これから暑さも厳しくなるからな、替えの分を買っておいたんだ。近いうちに染めてもらおうと思ってたんだけどな」

 「分かった。空さんのところに届けて来るね」

 琥珀は頷いてから、解いた風呂敷をもう一度結び直した。


 ※※※

 

 「 じゃあ、頼むぞ」

 「うん。任せて」

 外出する準備を終えた琥珀が部屋を出る際、紅月こうげつが飛んで来た。紅月は何だか心配そうに落ち着きなく首を左右に振っている。

 「どうやら、お前のことが心配みたいだな」

 琥珀は紅月の頭を撫でながら、

 「大丈夫だよ、ちゃんと届けて来るから。紅月は七両に付いていてあげて」

 琥珀は七両と紅月に別れを告げると、部屋を出た。

 廊下を歩いていると、聞き覚えのる男のヒトの声が琥珀の名前を呼んだ。

 「おう、琥珀。七両は一緒じゃないのか?」

 深い暗緑色あんりょくしょくの髪と目を持つ、斜め向かいの部屋に住む住人だ。

 「織部おりべ。今から空さんのところに行くんだよ。寝間着を染めて貰いに。 

七両は、昨日足を痛めちゃって」

 「何だ、見物客とケンカでもしたのか?」

 織部が興味深々な様子で訊いてくる。

 「違う違う。仕事中に足を捻ったみたいで」

 琥珀が答えると、彼は驚いた顔を見せた。腕を組んでから、

 「あいつどんな無茶をしたんだか。まあ、気をつけて行けよ。今日は霧が濃いからな」

 「うん。気を付けて行って来る」

 琥珀は礼を言って、織部と別れると階段を下りた。一階まで降りたが、他の住人の姿は見えない。部屋にいるのか、それとも出かけているのか……。

 琥珀が彩街に来て、三カ月近くが経った。少しずつこの街のことも、ここに住むヒトたちのことも分かってきた。少しだけ見た目は違うが、人間との違いはほとんど感じない。琥珀は寝間着を包んでいる風呂敷を抱え直すと、集合住宅を出た。

 一歩外に出た途端、薄っすらと一面が白い世界に覆われていた。全く周りが見えないという訳ではないけれど、視界不良で歩けなくなるのは時間の問題だ。

 (早く空さんのところに行こう……)

 琥珀は空が勤務する作業場へと急いだ。

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