第四色 ②

 「おーい、そらー」

 山吹やまぶきが、衣服を干している空に声をかける。衣服は染めたばかりらしく、まだ乾いていないように見えた。着物や振袖、甚平などが干され、風になびいている。

 空は振り返ると、急いで四人の元へ駆け寄った。

 「あら、みんな!」

 「空、良かったら桃貰って。お得意さんからなんだけど、たくさん貰ったからさ」

 「ありがとう。早速冷やすわ」

 常磐ときわから籠ごと受け取ると、

 「みんな、暑かったでしょう? 良かったら上がって」

 「仕事はいいのか?」

 七両しちりょうが尋ねると、空は笑って、

 「いいのよ。もうほとんど終わらせたから」

 空に勧められるまま作業場が併設されている家の中に上がる。

 「みんな、くつろいでて。今、お茶入れるから」

 彼女はそう言うと、居間の隅に置いてある棚から湯呑茶碗を出して、お茶を注いだ。

 七両たちにお茶と羊羹を出した後、再び籠を持って外に出る。近くの川原へ向かうと、桃を網に入れてそのまま桃が流されないように木の棒にくくり付けて固定した。

 今日は天気も良いため、川の流れも穏やかだ。

 空が家に戻ると、 

 「今日、じいさんいないのか?」

 じいさんとは、もちろんとびのことだ。先程から姿が見えない。

 七両は湯呑を口元から離した後、空に尋ねた。

 「うん。じいちゃん、区画長くかくちょうのところに将棋指しに行ったの」

 「ヒショウさんって将棋やるんですか?」

 琥珀は驚いて、声を上げた。

 「ヒショウさん?」

 みな不思議そうに琥珀を見る。

 山吹が湯呑を置いてから、

 「何でじいさんとヒショウさんが将棋指すんだよ?」

 「だって、区画長って言ったから……」

 琥珀がそう答えると、七両を除いてみな一斉に笑い出した。

 彼は困惑したまま、笑っている常磐たちを眺める。

 以前、猩々緋しょうじょうひの元を訪ねたからか、琥珀が区画長と聞いて真っ先に思い浮かぶのが猩々緋だった。

 空は笑いを堪えながら、

 「違うわ、ヒショウさんじゃないのよ。ヒショウさんは一画の区画長でしょう? じいちゃんは四画よんかくの、この区画の区画長のところにいるのよ」

 琥珀の顔はみるみる真っ赤になっていく。恥ずかしさから俯いた。みんなの顔を見ることが出来ない。

 つい、鳶と猩々緋が将棋を指しているところを想像してしまった。

 (は、恥ずかしい……!)

 彩街あやまちには五つの区画があることをすっかり忘れていた。ここは中心地から少し離れた四画だ。

 「もしかして、最近ヒショウさんに会ったの?」

 空が尋ねると、

 「一週間くらい前に琥珀を猩々緋に会わせた」

 七両はそう言ってから湯呑に口を付ける。

 「もしかして、琥珀くんその日初めてヒショウさんに会ったの?」

 「ああ。青鈍あおにびの奴、俺の部屋まで押しかけて来て、琥珀のことを猩々緋に説明して来いってうるさくてな」

 「うわっ! 如何いかにもあいつがやりそうなことだな」

 山吹は面倒臭そうに呟いた後、羊羹に手を伸ばす。

 「それ、おかしいだろ? 琥珀が初めて来た日に見てるんじゃないのかい? 広場にいたんだし」

 常磐が湯呑を手に取ってから七両を見た。

 「あの時は七両のことしか見ていなかったから、気付いてないかもしれないわね」

 空がそう言うと、

 「それもそうか。あいつら一つのことしか見てないもんね。じゃあさ、街長まちおさにも会ったのかい?」

 「うん。優しいおじいちゃんだったよ。七両と仲良さそうだった」

 常磐はうんうん頷きながら、目の前に置かれていた羊羹を口に運んだ。 

 その時丁度、引き戸の開く音がした。作業場の方ではなく、家の玄関の方から聞こえて来た。

 「おっ、じいさん帰って来たな」

 足音が近付いて来る。床板を踏む音が徐々に近くなってきた。

 やがて居間を隔てている引き戸が開いた。

 「空、帰ったぞ。ん? なんじゃ、みんな来ておったのか」

 みなの顔を見回す鳶の顔は浮かない。

 「おかえり、じいちゃん」

 空に続いて、

 「何だよ、じいさん。また、負けたのか?」

 山吹が湯呑を置いて尋ねる。

 鳶は溜息ばかり吐いて何も答えようとしない。

 「しょうがないわよ。区画長、四画で敵無しなのよ」

 空は項垂れている鳶にお茶が入った湯呑を差し出した。彼は黙ってそれを受け取る。

 「じいちゃん、元気出しなって! 桃持って来たから、それ食べて元気だしてよ!」

 「そうね。そろそろ冷えた頃だと思うから、食べましょうか」

 「じゃあ、あたしも剥くの手伝うよ」

 常磐も立ち上がり、空とともに外に出て行った。

 水にさらしていたので、そろそろ冷えた頃だろう。

 そのまま山吹たちが談笑を続けていると、突然引き戸の開く音が聞こえた。

 誰かの走って来る足音が聞こえると、常磐が顔を出した。彼女の顔は何故か固い。両手には何もなく、手ぶらだ。

 「じいちゃん……」

 何だか様子がおかしい。

 「常磐、どうした?」

 鳶が尋ねた時、空も部屋に入って来た。彼女が抱えていたのは桃ではなく何着かの和服だった。

 空は黙って自分の手に持っていた和服を彼に差し出した。

 「何だ、これは?」

 先程の落胆は一体どこへ行ったのか、鳶は空から渡された衣服に視線を落とすと、声を上げた。

 琥珀たちも三人に駆け寄る。

 「あっ、着物が……」

 琥珀が口を開く。

 空が差し出した色鮮やかな和服は様々な色が付着して汚されていた。

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