第四色
第四色 ①
「
風呂から上がった
「うん。でも、あともう少しで終わるから」
空は和紙から漏れる灯りに照らされながら、作業場で男性用の着物の染まり具合を確認していた。
「ああ、三日後に渡す着物か」
「うん、そう。上手く染まっているかどうか確認してたの」
空は藍色の着物から目を離し、鳶を見て答えた。
「何もこんな遅くまで作業せんでも」
「もう少しで終わるから、平気よ。心配しないで。じいちゃんこそ疲れてない?」
「なあに、ワシは平気じゃ。作業が終わったら、ゆっくり風呂に浸かるといい」
「うん、そうする。ありがとう」
鳶は笑みを浮かべると、作業場を後にした。
空は再び着物に視線を戻した。
※※※
「
「琥珀」
「
その誘いを聞いた琥珀の顔がぱっと明るくなった。
「うん。待ってて、すぐに着替えるから」
琥珀は開いていた落書き用の台帳を閉じると、すぐに出かける準備に取りかかった。
その様子を紅月が不満そうに眺めている。
数分で支度を終えた琥珀は、七両と常磐とともに集合住宅を出た。暑い日差しが琥珀たちを照り付ける。
「常磐さん、それ何ですか?」
琥珀は常磐が抱えている
「父さんがお得意さんから桃を貰ったんだよ。結構量があるから、空のところに持って行こうと思ってね。あっ、琥珀たちの分も七両に渡したから後で食べとくれよ」
「ありがとうございます! 結構ありますね」
琥珀は常磐が抱える桃に目をやる。
ざっと数えても十個はある。どれも瑞々しく、今が食べ頃のようだ。顔を近づけると、甘い良い香りが漂った。
「そうなんだよ、たくさん採れたからってさ。家に帰ればまだまだあるよ」
「それは食べるの大変ですね」
常磐と琥珀が話していると、七両が急に足を止めた。
「七両、どうしたんだよ? 急に立ち止まったりして」
常磐が彼に顔を向けた時、
「おう、お前らか」
「
目の前の山吹の
「山吹は大工だからな」
「え? そうだったの?」
「ああ、お前にそう話さなかったか?」
「聞いてないよ! 僕、今初めて知ったんだけど?」
琥珀は七両に突っ込んだ後、再び山吹に顔を戻した。
作業着姿は彼によく似合っている。
山吹の後ろには建設途中の建物の骨組みが見えた。
「もう仕事は上がりか?」
七両が尋ねると彼は頷いて、
「まあな。ところで、お前らどこ行くんだよ?」
「空さんのところです。お得意さんから桃を貰ったらしくて、それを届けに」
「ああ、なるほどな」
山吹は常磐の持っている籠の中の桃を見て頷いた。
「後で山吹のところにも持って行くよ」
「おお、本当か?」
常磐は頷いてから捲った布を再び桃に掛ける。
「お前はこの後どうすんだ?」
七両の問い掛けに、少し考えてから、
「そうだな…… 俺も行くわ。この後暇だし」
「作業着のまま行くんですか?」
「いや、さすがにこのままじゃ行かねぇよ。着替えてから……」
「どうかしたんですか?」
琥珀が不思議そうな表情で
「お前のその話し方だよ! 何で俺たちには
「――え?」
余りのことに琥珀は頭の中が真っ白になった。言葉が出て来ない。
山吹はというと、茫然としている琥珀を他所にお構いなしに続けた。
「別にそんな話し方しなくていいんだって! 七両と話してた時みたいに話せってことだよ!」
琥珀は呆気に取られたまま、七両と常磐を見た。常磐は屈んで琥珀と目線を合わせてから、
「そうだよ、琥珀。別に気にしなくていいよ。確かにあたしたち、琥珀より少し年上だけどさ」
「いや、少しじゃねぇだろ?」
常磐に七両が突っ込みを入れる。
「それから、さん付けもいらねぇ。これからは山吹って呼べ」
山吹は自分のことを親指でさして言った。
「あたしのことも常磐でいいよ」
常磐も笑みを浮かべる。
「でも……」
「まあ、こいつらがいいって言ってんだからそれでいいだろ?」
「じゃあ、俺着替えて来る」
背を向けて山吹は更衣所へ歩いて行った。
少ししてから山吹が戻って来て、
「おう、待たせたな」
着替えた山吹は前に見た時と同じ山吹色の甚平だった。
「よし、じゃあ早速行こうぜ。桃が傷んじまう前に」
「そんなにすぐ傷まないよ」
常磐がそう言うと、続いて琥珀も、
「でも、日差しが強いから早めに届けた方が……」
「だったら七両、お前あれ出してくれよ?」
「あれ?」
琥珀と常磐が首を傾げる。
七両も無言で山吹を見た。
「お前、前に龍出してたじゃん。あれで空の所に行けば早いだろ?」
山吹は名案だとでもいうように自信満々に言ってみせた。
「アホなこと抜かしてんじゃねぇよ、行くぞ」
七両は山吹を無視して歩き出す。
「何でだよ? いいじゃんか」
「四人はさすがに重いかも」
琥珀が呟いた後、常磐が山吹の背中を軽く叩いて促す。
「ほら、行くよ。山吹」
山吹は不満そうな表情を見せた後、歩き出した。
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