第三色 ⑤

 「ここの仕事って交代とかあるんですね」

 琥珀こはくの父親は会社員なので、交代というものがそもそもない。

 そのため、交代制の仕事を不思議に思ったのだった。

 「そうだよ。昼と夜の交代制なんだ。この街はそっちの方が多いかもな。店も多いから」

 「へえ」

 「ところで、お前どこに向かってんだ?」

 「ゆっくり話せるところだよ。誰かに見られると思うと落ち着かないだろ?」

 柑子こうじはどんどん階段を上がって行く。

 三階まで上がった時、鮮やかな緑色の襖が見えた。柑子が襖を開けると大広間になっていて、二十畳はあるのではないかと思える広さだ。

 中には長い卓と積まれた座布団、掛け軸と花が生けられた花瓶が置かれている。

 「あの、ここは?」

 「宴会場だよ。普段は入る奴もいないし、ここなら気にせずに話せるだろ?」

 「宴会場?」

 「時々、街の偉いヒトたちを呼んで話し合いをするんだ。この部屋はその時に使うんだけど、次の話し合いまで日にちがあるからな。さあ、入って、入って!」

 柑子に勧められ、中に入ると微かに畳の臭いが鼻孔を掠めた。

 七両しちりょう琥珀こはくの脇を通り過ぎてから、奥の障子に向かって行く。

 「柑子、煙管きせる吸っていいか?」

 「ああ、なら縁側で吸ってくれないか? 悪いけど、障子も締めて貰えると助かる」

 七両は頷いた後、縁側へ出た。障子を閉める音が聞こえる。

 「琥珀、少し待っててくれ。今、お茶持って来るから」

 そう言い残して、柑子は階段を下りて行った。

 少ししてから、急須と湯が入った入れ物、それに三人分の湯飲茶碗を載せた盆を持って柑子が戻って来た。

 「お待たせ」

 柑子は入れたお茶を琥珀に差し出してから尋ねた。

 「街長まちおさとヒショウさんと話してみてどうだった?」

 湯飲茶碗に口を付けてから、

 「二人とも優しいヒトたちでした。あの、一つ聞きたいんですけど」

 「どんなこと?」

 「街長に会った時、七両が嬉しそうに笑っていたから。七両、あんまり笑わないから、珍しいなって思って……」

 「ああ、そのことか!」

 柑子は湯飲を置いて、琥珀に顔を戻すと、

 「七両は街長に育てられたんだ」

 「え? そうなんですか? じゃあ、親子……とか?」

 そういえば、七両の家族のことを聞いた時上手くはぐらかされてしまい、それ以来聞けずじまいだった。

 「でも、街長だいぶおじいさんに見えましたけど。お父さんにしてはずいぶん歳が離れているような」

 「ああ、違う違う。街長は本当の親じゃないんだよ。七両の本当のお父さんとお母さんは分からないんだ。俺も七両に聞いたことがあるんだけど、話してくれないし」

 「そうなんだ」

 「たぶん、街長も知らないんじゃないかな。もしかしたら、聞かれたくないことなのかもな」

 「そっか」

 その時、障子の開く音がした。見ると、煙管を吸い終わった七両がこちらに向かって歩いて来るところだった。

 「はいよ、七両の分」

 柑子から湯飲茶碗を受け取ると、

 「ああ、悪いな。お前ら、ずいぶん話が弾んでるみたいだな」

 「何だよ、お前も混ざりたかったのか?」

 にやりと口角を上げる柑子を無視して、琥珀の方に顔を向けた。

 「琥珀、茶飲んだら帰るぞ」

 「うん」

 頷いた後、柑子から聞いた話が脳裏に蘇った。


 ※※※


 帰りは先程話した通り、猩々緋が門まで見送ってくれた。

 「じゃあ、またな二人とも」

 柑子が手を振る。琥珀も同じように手を振った。

 七両が門を出てから琥珀も後に続こうとした時、猩々緋に呼び止められた。

 「琥珀くん」

 「はい?」

 「七両は普段どんな感じですか? 困っていることはありませんか?」

 「優しいですよ。最初は少し怖いヒトかと思ったんですけど」

 「そうですか。七両をよろしく頼みますね」

 「はい!」

 背後から琥珀の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 「ありがとうございました! 失礼します」

 琥珀は猩々緋に礼をすると、門の外で待っている七両の元へ駆け出した。

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