第三色 ④
声は引き戸の方から聞こえた。
「はい」
「ワシだ。
その声を聞いて、七両も立ち上がる。
彼女が引き戸を開けると、
腰の少し曲がった、柔和な笑みを浮かべた老人だ。
「
猩々緋は七両と
「あのおじいさんが街長?」
琥珀が聞くと、
「ああ」
短く答えた後、七両は街長と呼ばれた老人の元に歩いて行く。
「久しぶりだな。元気だったか?」
七両は笑みを浮かべて、彼にそう尋ねた。その表情は、いつもの仏頂面ではなく、穏やかな顔付きだ。
琥珀はその様子を見て、珍しいな、と感じた。話し方も不愛想な印象はない。
「おお、七両。もちろんだとも。お前も元気そうで何よりだ」
快活に笑った後、猩々緋が続けた。
「街長、実は七両以外にもう一人来ているのですよ。彼は琥珀くんといって外の世界から来たのです。ニンゲンの子ですよ」
「おお、そうか。それは
彼はまた笑みを浮かべると、琥珀に近付いた。
「ワシはこの街で街長をしている、
「二週間前です」
「そうか、二週間前か」
琥珀は頷いた。
「集合住宅の俺の部屋で暮らしている」
「なんと七両が面倒を見ているのか?」
鶯は快活に笑いながらそう尋ねる。
「まあな。俺の描いたフクロウを覚えているか?」
「ああ、確か
「そいつが琥珀を連れて来た」
「紅月が? 琥珀くん、本当ですか?」
「本当です。壁が紅く染まっていて、紅月がそれを通り抜けたんです。僕も紅月の真似をして飛び込んだら、この街に来ていて」
琥珀は自分が
「信じられんのう。ニンゲンがこちらへ来ることはあっても、こちらの者がニンゲンの世界へ行くという例は聞いたことがない」
「私も初めて聞きました」
猩々緋も信じられないといった顔をしている。
「まあ、世の中には不思議なことがあっても何ら
鶯は笑みを浮かべて、琥珀を見る。
「何かの縁?」
琥珀が不思議そうな顔で訊き返す。
「そうだとも。お前さんの生きてきた世界とはだいぶ違っていて戸惑うこともあるじゃろうが、この街は退屈せんよ。何時戻れるとも分からんなら、ここでの生活を楽しむといい。のう、七両?」
にんまりと口角を上げて笑う顔は、まるで少年の様だ。
名を呼ばれた七両も笑みを浮かべる。
「鶯の言う通り、ここは退屈しねぇよ。うるせぇ奴らもいるけどな」
琥珀の頭の中に
「あら、うるせぇ奴らって、もしかして青鈍と霞のことですか?」
猩々緋が苦笑して尋ねる。
「あいつら以外に誰がいんだよ? ヒトの部屋まで押しかけて来やがって」
「仕事熱心で結構なことじゃ。お前も見習わんか!」
ばんばんと背中を叩かれ、七両は背中を押さえながら鶯を睨むように見た。
その時、引き戸から猩々緋を呼ぶ声が聞こえた。
「
「まあ! 街長なら中におられますよ」
猩々緋が急いで引き戸を開ける。
「そういえば、今日だったのう」
鶯はあっけらかんと口にしてから、引き戸に向かって行く。
「ったく、ヒトには見習えとか何とか抜かすくせに自分はどうなんだよ……」
七両はまだ背中を押さえている。
「あれ? 七両、お前まだいたのか?」
「ああ、お前か」
引き戸から顔を出したのは先程会った
鶯に顔を戻すと、
「街長、客人には先に街長室に入って貰っておりますので」
「はいはい。ご苦労さん」
鶯はそう言い残して、そそくさと七両たちのいる部屋を後にした。
再びこちらに顔を向けた柑子は、
「ずいぶんと話が弾むようですね」
楽しそうにそう言うと、
「ええ、久しぶりの外の世界からのお客人だもの。つい、色々と聞いてしまいたくなるの」
猩々緋も楽しそうに返す。
「お気持ちは分かりますが、そろそろ仕事にお戻り下さい」
苦笑を浮かべたまま、柑子が続ける。
「後は、俺が引き受けますので」
「あら、本当?」
「はい」
「お前こそ仕事はいいのか?」
「大丈夫だよ。そろそろ交代の時間なんだ。それに、俺も琥珀と話したいしな」
「では、よろしくお願いしますね」
「はい、もちろん」
七両と琥珀が部屋から出た際、猩々緋は柑子を呼び止めた。
「二人が帰る時、私のことを呼んで頂けますか?」
「別にいいぞ、そんな……」
七両が言いかけたのを柑子が遮った。
「分かりました。また、お呼びしますね」
「おい、お前」
「ほら、行くぞ」
七両と琥珀は猩々緋の部屋を後にした。
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