第三色 ③
「
男は部屋の奥にある
小上がりの上部からは薄紅色の幕が垂れ下がっているため、中を
「
男が報告すると、やがて小上がりの中から女性が出て来た。
「まあ、お疲れ様。その件については青鈍から聞いていますよ。二人を中へ通して下さい」
「はい」
男は頭を下げると、部屋を出た。
外で待っていた七両と
「待たせたな。中へ入れ」
男の声で、二人は区画長室へ足を踏み入れる。
中に入ると、女性が穏やかな笑みを浮かべてこちらへ近付いて来た。
七両よりも更に濃い紅色を持つ髪と目の持ち主だ。腰ほどもある長髪はウェーブがかっており、動く度に紅が揺れる。
「お久しぶりです、七両。お元気でしたか?」
「まあな」
相変わらずぶっきらぼうに返事を返した後、
「
「あなたが琥珀くんね」
「はい。はじめまして、琥珀です」
琥珀が緊張気味に挨拶すると、彼女は屈んで彼と目線を合わせると、
「はじめまして、猩々緋と言います。この区画の区画長をしているの。みんな、私のことをヒショウと呼ぶのよ。よかったら、琥珀くんもそう呼んでね」
「はい」
微笑む彼女を見て、琥珀はいくらか緊張がほぐれていくのを感じた。
猩々緋は笑みを浮かべたまま続けた。
「お話は
「最初は不安だったんですけど、今は大丈夫です」
彼女は、「それはよかったわ」、と口にすると姿勢を元に戻してから、今度は七両へ顔を向けた。
「琥珀くんが来て、どれくらい経つかしら?」
「二週間くらいだ」
七両を見て、猩々緋は袖で口元を覆うと小さく「ふふっ」と笑って見せた。
「何だよ?」
「いえ、あなたが男の子と一緒に暮らしているのがとても以外だったものですから、つい微笑ましくなってしまって……。
琥珀くんとの生活は楽しいですか?」
尋ねられた七両は返答に困った。別に琥珀といて、つまらないと思ったことはない。
迷惑だとも思ったこともないが、楽しいかそうでないかなど、一度も考えたことはなかった。
「……退屈はしねえよ。こいつな、絵を描くんだ」
七両は琥珀へ視線を向けて言った。
「まあ! 琥珀くんも絵を描くのですね!」
猩々緋は両手を顔の前で合わせると、再び屈んで琥珀の顔を見た。
「あっ、はい。でも、七両みたいに上手くはないんですけど」
琥珀が気恥ずかしそうに顔を伏せて答えると、彼女は顔を横に振ってから、
「上手だとかそうでないとかは関係ないのですよ。琥珀くんはどんな絵を描くのですか?」
「えっと、前までは花とか近所の犬や猫とかを描いていたんですけど、彩街に来てからは七両が描いた絵を真似して描いています」
「七両が演舞で描いた時の絵のことかしら?」
「そうです。台帳に書かれている絵を真似して」
「ねえ、琥珀くん。もし嫌でなければ、今度見せて貰えませんか?」
「僕の絵をですか?」
「ええ、興味があるのです」
琥珀は少し考えてから、こくりと首を縦に振った。
「おい、猩々緋。そろそろ本題に入りてぇんだが」
七両は
「あら、ごめんなさい! 外の世界からヒトが来るのは久しぶりだったから、つい……。どうぞ、こちらへ」
猩々緋は片手を口元に当ててから、七両と琥珀に背後にある座布団を勧めた。長い卓の前には二つずつ座布団が並べられている。
奥にある小上がり側に猩々緋が座り、扉側に二人が腰を下ろすと、早速本題に入った。
七両は懐から、四つ折りにされた紙を開いて彼女の前に差し出した。
猩々緋はそれを受け取ると、目を通して確認する。
紙面には、琥珀の名前、年齢、彩街に来た日の日付が記入されている。
確認が済むと、猩々緋は顔を上げてから、
「結構ですよ。こちらで大切に保管しますからね」
彼女は立ち上がると、小上がりの中へ一旦戻って行く。
少ししてから、猩々緋が戻って来た。
その後は、琥珀が彩街に来る前の生活や彩街に来た際の出来事、七両の元で生活することになった経緯等を簡単に説明した。
その度に彼女は驚いたり、頷いたりしながら真剣に琥珀や七両の話に耳を傾けていたが、
「そうそう、この前のことなんだけれどね」
「この前?」
「以前、七両が披露した演舞についてですけどね。あなた、大層大きな龍を具現化したでしょう?」
「ああ、あれか。別にあれは……」
「そのこともだけれど、台帳の一部を破ったと聞きましたよ? しかも、それを食べさせるなんて」
猩々緋は片方の頬に手を当てて、困ったような仕草をした。その口調には少なからず怒気が含まれている。
「こっちは仕事の邪魔されたんだ。それに修復にはそんなに時間もかからねぇだろう? 同じ内容を書いた
七両が文句を口にすると猩々緋は驚いた顔でこちらを見た。
けれど、すぐに首を横に振り、
「それでも破っていい理由にはなりませんよ。今度からは気を付けて下さいね。
それから、あまり大きな生き物を具現化しないように。何かあってからでは遅いのですよ?」
七両は溜息を吐いた後、ぼそりと「悪かったな」、と言っただけで他には何も言わなかった。
「猩々緋や」
その時、引き戸の外から猩々緋を呼ぶ声が聞こえた。
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