第四色 ③

 「冷やしていた桃を持って来ようとした時、見つけたの」

 そらは俯いたまま淡々とした口調で説明した。

 染め上がったばかりの着物や甚平はいくつかの色が付けられ、まるでペンキを付けられたような状態になっていた。薄紫色や青色、ピンク色などが付着している。

 「干していた分すべてか?」

 とびの問い掛けに常磐ときわが否定する。

 「ううん、空が持っている分だけだよ。奥に干していた分は大丈夫そうだったけど……」

 鳶が一枚一枚丹念に確認して行く。

 「ねえ、じいちゃん。これって色落としたり出来るの?」

 常磐が尋ねると、鳶は冷静に、

 「色を落とすことは出来る。だが、さっき染めたばかりじゃから、最初に染めた色は薄くなってしまうが。依頼主には事情を話して、少し待って貰うようにするしかないだろうな」

 鳶は笑っていたが、明らかに無理をして作った笑顔が向けれていることは常磐にも、みんなにも分かる。

 「外に出て来る」

 七両しちりょうは鳶と空を一瞥してから、玄関に向かった。

 「七両、俺も行く!」

 山吹やまぶきも同じように玄関へ向かって走って行った。

 「良かったね、空さん。色ちゃんと落ちるって……」

 空は着物を凝視したまま黙っていた。

 琥珀こはくの声は聞こえていない。どこか別の世界に行ってしまっているような、そんな印象を琥珀は受けた。

 七両と山吹は、先程干されていた衣服だけではなく地面にも色が付着しているのを見つけた。着物や甚平に付着していた色と全く同じ色だ。

 山吹はその場に駆け寄り、屈む。

 「七両、どう思う?」

 「恐らく同じ奴の色だろうな」

 「これ、一人の仕業じゃねぇよな? 三色はあるぜ?」

 山吹は立ち上がると、腕を組んで呟いた。

 「ああ」

 七両も山吹と同じ方向に顔を向ける。色は広範囲に付着していて、家の横を流れる川原付近へと続いていた。

 一体誰が何のためにこんなことをしたのか。

 七両と山吹は物干し竿の周辺を睨むように凝視したが、その答えは出て来ない。

 その後、いくらか周辺を見て回ったが、手掛かりらしきものも見つからなかった。

 「何かあるかと思ったけど、何も出て来ないな」

 「取りあえず、残りの和服もん持って中に戻ろうぜ」

 「そうだな」

 七両と山吹は手分けして、物干し竿に掛けられていた和服を抱えた。天気が良いせいか、どれも既に乾いている。

 二人は居間に戻ると鳶に抱えて来た和服を渡した。

 「ああ。済まんな、二人とも」

 「いや、それよりも被害届出した方が良いぜ? こんなの立派な営業妨害じゃんか」

 「ああ、そうだな」

 鳶が和服を持つ手から顔を上げると、

 「みんな、折角来て貰って悪いが今日のところは引き上げて貰えんか? すまんが……」

 「ああ、そうする。空、大丈夫か?」

 七両が空に話しかけると、彼女は我に返ったように笑顔を作り、

 「ええ、大丈夫よ。心配しないで。みんな、ごめんなさいね」

 空も申し訳なさそうに、みなの顔を見た。

 「謝んないでよ。空とじいちゃんは何も悪くないだろ?」

 常磐が笑顔を向けて、そう言うと、

 「そうだぜ! 絶対犯人見つけてやるから、それまで待ってろよ!」

 「僕にも何か出来ることがあったら言って」

 山吹と琥珀もそれぞれ鳶と空に声をかけた。

 「空」

 七両が空に問い掛ける。

 「念のために紅月こうげつ置いて行くか? 何かあったら知らせるように……」

 「ううん、大丈夫よ。紅月にそんなことさせられないもの。みんな、ありがとう。玄関まで送るわ」

 空は笑顔を向けていたが、明らかに無理をして笑っているのは誰が見ても一目瞭然だ。

 七両たちが鳶と空の元を後にする頃には、青空が橙色に色付き始めていた。


 ※※※

 

 「で、お前らこれからどうすんだ?」

 七両が淡々とした口調で常磐と山吹に尋ねる。

 「あたしは一旦家に戻るよ。山吹と浅葱あさぎのところに桃を届けに行くから」

 「その必要はねぇよ、常磐。俺、このまま桃貰いに行くわ。ついでに浅葱の分も届けて来る」

 「いいのかい、山吹?」

 「ああ、届けたついでに浅葱にさっきのこと話して来る。この前、空に着物染めて貰うように頼んだって言ってたしな」

 「じゃあ、うちまで来ておくれ。桃渡すから」

 「おう! それから……」

 山吹は言いかけて一旦口を閉ざしてから、

 「明日、空の周辺を聞き込みしようと思う。誰か怪しい奴を見てないかさ。このまま黙ってらんないだろ?」

 山吹はみんなの顔を見回す。

 「なら、あたしも行くよ」

 「僕も行く。七両、いいよね?」

 琥珀は七両を振り返った。

 「ああ」

 「決まりだな。じゃあ明日、二画にかくを出てすぐの神社に集合な」

 山吹が確認すると、みな頷いた。

 その後、四人は集合する時間帯などを決めて、別れた。七両と琥珀は集合住宅へ、常磐と山吹は彼女の家へ向かった。

 その日の夜、夕飯を済ませた琥珀は七両へ尋ねてみた。

 「ねぇ、七両」

 「何だ?」

 七両は筆の柄を拭きながら、琥珀が次の言葉を発するのを待っていた。視線は筆に向けられている。

 「さっき空さん、何か考え込んでいるような感じがしたんだけど七両はどう思う?」

 彼はしばらく考えたまま何も言わなかった。

 「どうしたの?」

 七両は何も言わず、琥珀に顔を向けてから、

 「いや、何でもねぇ。たぶん、客のこと考えてたんだろ」

 「そうかな?」

 琥珀は疑問の顔を彼に向ける。

 「心配しなくてもいい。そろそろ風呂が焚ける頃だ、準備しとけ」

 「うん。分かった」

 琥珀はそれ以上何も聞かなかった。

 入浴の準備に取りかかる。

 再び七両に顔を向けると、彼は筆に視線を向けていたが手の動きは完全に止まっていて、筆を拭くことに集中していない。

 けれど、琥珀は見なかったことにして再び入浴の準備に取りかかった。

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