第二色 ⑤

 「ほら、あそこだよ」

 常磐ときわが指さす先には大きな呉服屋があった。お客もそれなりに入っていて、繁盛しているように見える。

 琥珀こはくたちが訪れたのは、彩街の中心地からやや離れた三画さんかくという区画だ。今、琥珀たちの目の前にある店がこの区画で一番大きな呉服屋らしい。

 みんなで早速中に入る。

 店の中には子供からお年寄りまで老若男女の客で賑わっていた。

 「琥珀、見てごらん」

 常磐が顔を向けた先には、店の店主らしき男のヒトと客の男のヒトが何やら会話をしている。

 客はオレンジ色の髪を持っているが、着ていた和服の色は紺色だ。七両たちのように自分の持つ色の服を着ないヒトを見て、琥珀は少し驚いた。

 店主は客の前に大きな白い紙を広げた。二メートル近くはありそうなその紙に手を置いた時、客の髪と同じオレンジ色が真っ白の部分をあっという間に染め上げていく。

 「あれが色彩分与だよ。色を含んだ紙は厳重に保管されるんだ。じやないと、盗まれるからね」

 「常磐さんも自分の色を分けたことがあるんですか?」

 「何度かあるよ。必要な時は七両しちりょうにも分けてるんだよ。絵を描くからね」

 色を分け与えると聞いた時はなんのことか全くわからなかったし、今でも驚いている自分がいる。この不思議な光景も、いずれは当たり前になる時が来るんだろうか。

 琥珀たちは店主と客を後にして店の中を進んだ。

 棚の方に顔を向けると、様々な色の和服がところ狭しと並べられている。

 「あっ、青い着物!」

 琥珀は思わず、青い着物や甚平が並んでいる棚へ向かった。青といっても濃さがみんな違っていて、こんなに種類があるのかと驚いた。

 しばらく眺めていると、浅葱あさぎが言った。

 「ほら、これが僕の色だよ。僕の髪と目と同じ色をしているだろう?」

 「本当だ。同じですね」

 見てみると、青色というよりも藍色を薄くしたように見える。浅葱の髪の色と比べても、ほとんど同じ色だった。

 「じゃあ、常磐さんの色は?」

 「常磐か。それはもっと奥の方だね」

 浅葱が移動したので、その後を付いて行く。

 「杉や松の葉みたいに濃い緑色が常磐色の特徴なんだよ。琥珀は常磐の言葉の意味を知っているかい?」

 「いえ」

 琥珀は首を横に振る。

 「常に変わらないっていう意味だよ。長寿と繁栄の願いが込められているんだ」

 「へえ、ちゃんと意味があるんですね」

 「じゃあ、七両色は?」

 「七両色っていう言葉はないんだ。正しくは七両染しちりょうぞめっていうだよ」

 「七両染め?」

 「そう。赤い色の和服はあっちだね」

 奥の方に鮮やかな赤系統の色の和服がずらりと並んでいる。気のせいか他の色よりも色の種類が多いように感じた。

 移動して赤い和服の中から七両と同じ色を探して手に取った時、

 「琥珀、決まったか?」

 ちょうど七両が近づいて来た。どうやら店の中を一通り見て来たらしい。

 「まだ、決まっていなくて。色んな色があるから迷っちゃって」

 苦笑して答える琥珀の手元に視線を落とす。

 「お前、その色がいいのか?」

 「あっ、これは……」

 「七両と同じ色が気になっていたみたいだから、赤い色の和服の場所を教えたんだ」

 浅葱が説明すると、琥珀もこくりと頷く。間違ってはいない。

 「でも、それだけじゃ洗濯した時に着るもんがねえだろ? 何着か選べよ」

 「そうだよ、一着だけっていうのはさすがにね。遠慮しなくて大丈夫だよ、山吹やまぶきがちゃんと払ってくれる……」

 「おい!」

 声のした方へ顔を向けると、大股で山吹が歩いて来た。

 「あんまりなんでもかんでも選ぶなよ? そんなに金持って来てないんだからな。いいか、三着までだぞ」

 山吹が三本指を立てて前に突き出す。それを見て、琥珀の顔がぱっと明るくなった。

 「山吹さん、ありがとうございます!」

 「本当かい、山吹?」

 山吹の背後から常磐の声がした。見ると、彼女は藍色の着物を持っている。

 山吹が茫然としたまま常磐に尋ねる。

 「……お前、どういうつもりだ? 誰がお前の分まで買うって言ったんだよ?」

 「なんだよ、つまんないねえ」

 常磐がぽんぽんと和服を軽く叩く。

 「知るか! 自分で買え!」

 そんな二人のやり取りを見てから、琥珀は買うべき和服を選んだ。

 一着目は自分の名前と同じ琥珀色の甚平、二着目は瑠璃色の着物、三着目は……。

 「琥珀。お前、本当にこの色でいいんだな?」

 七両が再び尋ねた。

 「うん。一番気になった色だから」

 琥珀が選んだのは七両と同じくらいの緋色の甚平だ。

 「赤い色が好きなのかい?」

 山吹が会計を済ませている間に、浅葱に訊かれた。

 「好きというより、最初に紅月に会った時にきれいだなって思ったから」

 そこに山吹が戻って来た。

 琥珀に甚平などの和服が入った風呂敷を付き出す。

 「服、切り裂いて悪かったよ。これで勘弁しろよ?」

 目を逸らしながら謝罪を口にする山吹に、琥珀は笑って、

 「ありがとうございます!」

 その風呂敷を受け取った。

 「そういえば、この近くに甘味処があっただろう? みんなでそこに行かないか?」

 浅葱が思い出したように口を開いた。

 「何だよ、浅葱。おごってくれるのか?」

 山吹がにやりと笑みを浮かべる。浅葱はすぐさま両の手の平を横に振って否定した。

 「いや、そういう訳じゃ……」

 言いかけた時、常磐が割って入った。

 「たまにはいいじゃないか。ちょうど甘いものが食べたかったし。琥珀と七両も行くだろ?」

 満面の笑みを浮かべる常磐に対して、七両がいつもの口調で、

 「浅葱がおごってくれんならな」

 「おい、七両まで…… って、何で二人とも僕の肩を掴んでいるんだ?」

 浅葱は山吹と常磐に肩を掴まれながら歩いている。とても歩き辛そうだ。

 そんな調子で琥珀たちは甘味処へ向かった。

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