第一色 ④

 「いやあ、今日も最高だったわ! あいつらも懲りないねえ」

 常磐ときわが満足そうに言うと、勢いよく酒をあおった。

 琥珀こはくたちは七両しちりょうの見世物が終わった後、近くに設置されていた長椅子に腰掛けていた。

 「さっきの男の人たち、誰なんですか?」

 ジュースを一口飲んでから、琥珀が尋ねる。二人とも羽織り袴を着ていて、まるで侍のように見えた。周りの見物していた観衆たちとは明らかに違っていた。

 恰好は全然違うのに、警察官のようにも見えた。

 「ああ、あいつらね。この街の治安を守っている組織の連中だよ。紺色の方は青鈍あおにび、灰色の方はかすみって言うんだけど、あいつら何かと文句つけてきてうるさいんだよなぁ」

 言い終わると常盤は再び酒に口をつける。

 「七両はね、あのヒトたちからあまり良い顔をされていないの。悪気はないんだけど、態度というか接し方というか、ぶっきらぼうな印象を与えるのよね」

 琥珀はさきほど初めて彼に会った時のことを思い浮かべた。たしかに、そらの言う通りかもしれない。

 すると、ここへやって来る前に見たあの紅いフクロウ(紅月と呼ばれていたっけ)が琥珀の元へ飛んで来た。そのまま、何事もなかったかのように琥珀の肩へ止まる。

 「あっ、さっきのフクロウ!」

 「紅月こうげつ、どうやってニンゲンの世界に行ったんだよ?」

 常磐が紅月の頭をぽんぽんと軽く叩きながら尋ねる。

 「そいつにも分かんねえんだってよ」

 七両が唇から煙管を離してそう答えた。

 「七両さん!」

 「お前ら、まだここにいたのか。ほどほどにしろよ」

 「いいじゃん! 夜はまだまだこれからだろ?」

 常磐は酒が入ったビンを持ち上げて反発した。ずいぶんと酔いが回っているようだ。

 「七両、お疲れ様。今日の演舞も見応えがあって楽しかったわ」

 空はそう言うと、七両の分の酒を渡した。七両は黙ってそれを受け取ると、くいっと一口流し込む。

 「邪魔が入らなければもっとな」

 「あの、さっき破ってたのはなんですか?」

 琥珀が思い出したように訊くと、七両は対して興味もなさげに答えた。

 「別に面白いもんじゃねえよ。自分たちが問題だと判断した奴の名前や行為が書いてあんだ。気に入らねえヤツは特にな。迷惑なんで破って、食わせた」

 煙管を咥え、煙を吐き出す。赤紫の煙はどんどん上り、やがて夜空に溶けていった。

 「あっ、さっきの龍は?」

 琥珀が左右を見ると、「上だ」と煙管で夜空を指した。あの鮮やかな龍は七両が言った通り、琥珀たちの真上にいた。

 「でかいから、ここでは下ろせねえぞ」

 「はい。何か灰色になっているところがあるんですけど」

 琥珀が灰色がかっているところを指さすと、空と常磐も上に顔を向けた。

 「ああ、さっきかすみが投げたやつじゃん。あれ、取れるんだっけ?」

 常磐が枝豆を食べながら呟く。

 「後でから、そのままで良い」

 あっけらかんと答えたので、琥珀は驚いて、

 「あの灰色の部分取れるんだ。ここの人たちってみんな七両さんたちみたいな能力が使えるんですか?」

 「さっき、この街に住むヒトたちには面白い能力があるって言ったでしょう? みんな、

 「色を操る?」

 「そうだよ。色の種類も使い方もそれぞれ違うんだけどね。って、ちょっと七両! あんた、どこに行くんだよ?」

 歩き出した七両を常磐が呼び止める。七両は立ち止まると面倒臭そうに、

 「俺は帰るぞ。お前らいつまでいるんだ? 早く帰れよ」

 「なんだよ、せっかく琥珀にこの街のことを教えようと思ったのに」

 「んなもん明日でも良いだろ。それより、そいつ行くとこあんのか?」

 七両が琥珀に視線を向ける。

 「えっと、まだ……」

 琥珀が答えた後、紅月が頭の上に止まった。何度か羽をばたつかせた後、そのまま動かなくなった。

 「紅月、珍しいわね。琥珀くんと一緒にいたいのかしら?」

 空が驚いた表情で紅月を眺める。

 「じゃあ、七両。あんたが琥珀を連れて帰りなよ」

 常磐がビンを七両に向けて言い放つ。

 「え? でも、七両さん迷惑なんじゃ……」

 琥珀が呆気に取られていると、七両が口を開いた。

 「琥珀」

 名を呼ばれ、彼の方を見る。

 「お前、一緒に来るか? 一人分の寝床ねどこならあるぞ」

 「いいんですか?」

 その時琥珀の頭上で紅月が鳴いた。七両の代わりに返事をしているように思える。

 「じゃあ、帰るぞ」

 それだけ言うと、みんなに背を向け歩き出した。

 「常磐、私達も帰りましょう」

 「分かったよ」

 不満そうに呟く常磐の背中をぽんぽんと叩き、促す。

 常磐の家が営む酒屋の前で彼女と別れ、空を送って行った。それから、七両と琥珀の二人になった。

 相変わらず紅月は琥珀の頭上に乗ったままで、龍の方も主である七両の後ろを付いて来ている。

 やがて、段ボールをいくつも無造作に積み上げたような、不安定な形の建物の前に着いた。

 「ここが俺の家だ」

 「アパートですか?」

 「なんだよ、それ? ただの集合住宅だ」

 この街にはアパートという言葉はないらしい。

 夜も遅いため部屋の灯りはほとんど消えている。建物自体は木製で、なんだか時代劇の世界にいるような感覚を覚える。

 七両は振り返ると、龍に自分の部屋の前で待機しているように命じた。鳴いた後、上昇していく。

 七両は建物に顔を戻すと、木製の引き戸に手を掛け、開けた。中には共同玄関があり、廊下が続いている。左右にいくつか扉があった。

 七両は下駄を脱ぐと、そのまま廊下を進んだ。琥珀も同じように靴を脱ぎ、後に続く。

 半分くらいまで進んだところに階段が見えた。七両と琥珀は階段を上ると更に上の階へ向かう。三階に着くと七両は廊下を右へ進み、一つ目の扉の前で立ち止まってから琥珀へ声をかけた。

 「着いたぞ」

 それだけ言うと、部屋の引き戸を開けて部屋へ入った。琥珀も「お邪魔します」と、断りを入れてから中へ入る。

 部屋はそれほど広くはなく、八畳程の広さで隣にも部屋が見えた。

 七両は押し入れから黒い箱を取り出した。中には数枚の白色の紙が入っている。

 何枚か紙を取り出した後、窓を開けた。近付いて来た龍の体に付着している灰色の部分にその紙を次々と張り付けていく。

 「これで色が抜けるんですか?」

 「ああ。こうすれば元の色になる」

 龍は嫌がることなく、黙って紙を貼られている。琥珀はそっと龍の頭を撫でてみた。撫でられている龍は目を細め、舌を出すと琥珀の頬を舐め始めた。

 紙が貼られている箇所は、灰色が次第に抜けていき紙にその色をうつしていく。

 紙が全てその色を吸い取ってしまうと、七両はそれらをがした。

 その動作を繰り返してから、「もう残ってねえな」と、呟くと台帳を捲っていく。中には色々な生き物の絵が描かれている。

 「この龍、どうするんですか?」

 「今から台帳に収めるんだ。でかくて部屋には入れてやれないからな」

 七両は白紙のページを龍の前に広げた。龍は大人しく白紙に近づいていくと、その中に身体を収めた。先程まで真っ白だった紙に鮮やかな龍の絵が出来上がる。

 琥珀がしげしげとそれを眺めていると、七両は台帳を閉じて琥珀に言った。

 「もう寝るぞ。お前も疲れただろ?」

 「はい」

 その後、二人分の布団を並べて就寝した。

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