第一色 ③

 琥珀こはくそらの二人は広場へ来ていた。常磐ときわとは後で合流することになっている。

 「何か始まるんですか?」

 「ここで時々見世物をやるの。この彩街に住むヒトたちってね、を持っているのよ」

 「おもしろい能力?」

 琥珀は首を傾げる。次の瞬間、周りで歓声が聞こえた。

 空が琥珀の肩に手を置くと、前を見るように言った。

 「ほら、あれよ」

 琥珀は前に顔を向けると、先程常磐の店にいた七両しちりょうが立っていた。手に何か大きな筆を持っている。その筆は取っ手の部分が黒く、赤い模様がびっしりと入っていた。大きさは、よくテレビなどで見る書道パフォーマンスで使用されるものよりもだいぶ大きく、全長で百五十センチメートルはあるのではないかと思えるほどだった。

 七両は一礼すると筆を構え、深呼吸してから筆を持ったまま舞い始めた。ほう(筆の毛の部分)にどんどん濃い紅色が滲みだす。

 彼は地面にその赤色を次々と豪快に塗り付けた。舞う時の動作は大きく迫力があり、みんな彼の演舞に熱心に見入っている。琥珀もその様子に釘付けになった。

 彼の舞と同時に塗り付けられた赤色が形を変えていく。どんどん縦に広がり、下へいくほど蛇のような曲線が、上の部分には顔が出来、角や耳、手と足、細長いひげを描いてゆく。体中にうろこが現れる。まるで色が生きているようだ。

 舞が終わる頃に完成したのは深紅が鮮やかな大きな龍だった。

 周りから歓声が沸き起こる。中には女の人たちの黄色い声も聞こえた。七両の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 彼は満足そうにその龍を見下ろし、一言鋭く命じた。

 「ひと暴れしてこい!」

 次の瞬間、今までただの絵だった龍が咆哮を上げて地面から抜け出してきた。姿を具現化させた龍は主である七両を守るように囲んだ後、すっかり暗くなった夜の空を優雅に飛び始めた。

 更にまた歓声が沸く。

 「すごい! あれ一体何ですか?」

 琥珀は興奮気味に空へ尋ねる。空は「ふふ」と笑ってから、

 「あれが七両の能力よ。彼の描いたものは本物になるの。もちろん触ることも出来るわ」

 「おーい! 琥珀、空!」

 常磐が小走りで近付いて来た。

 「あっ、常磐さん!」

 「お疲れ様、お店の方は良いの?」

 「大丈夫だよ、兄貴たちに任せてきたからね」

 歯を見せて笑う常盤に釣られて、こちらも笑った。

 「おい、七両!」

 突然男の大きな声が聞こえた。みなが振り返る先には、紺色の髪と灰色の髪の男が七両を睨んでいる。

 「またお前か! 何度同じことを言わせる気だ! あんな大きなものばかり毎度毎度描きやがって。危険だからやめろと言っているだろう!」

 「何を描こうが俺の勝手だ。それに、客や店の奴らに迷惑をかけたことはないはずだぜ?」

 男の難癖に七両が面倒くさそうに返すと、男は更に食ってかかった。

 「お前、そういう問題じゃ……。 何だ?」

 男の頭上には紅いフクロウが乗っており、何度も紺色の髪の男の頭を突いている。灰色の髪の男が慌ててフクロウを捕まえようと試みるが、フクロウは見事にかわし、男の持っていた台帳らしきものを奪うと、辺りを飛び回った。

 周囲から笑いが起こる。

 そのフクロウを見た瞬間、琥珀は声を上げた。常磐と空を振り返り、

 「あのフクロウです! 僕をこの街に連れてきたの」

 フクロウを指差しながら言うと、

 「本当かい? あれ、七両のフクロウだよ!」

 常磐がそう言ってから空と顔を見合わせる。

 「本当に? あの子、何でそんなところに……」

 七両が腕を伸ばすと、先程まで飛び回っていたフクロウは七両の元へ飛んでいき、彼に台帳を渡した。

 「紅月こうげつ、どこ行っていたんだよ。探したぞ」

 紅月と呼ばれたフクロウは七両の肩に止まると、首を左右に傾げただけで、他の素振りは見せなかった。

 台帳を開き適当にめくっていく。あるページで手を止めると、その部分を乱暴に破り取り、近くを飛び回っていた龍を呼ぶと破り取ったそれを食べるように命じた。深紅に輝く龍は命じられるままに、それをくわえると素早く飲み込む。

 「あー! 七両、お前何てことを……」

 「立派な妨害だぞ!」

 やかましく騒ぎ立てる二人に顔を向けると、七両が龍に一言、

 「おい、あいつらも食って良いぞ」

 命令された龍はまっすぐに二人目がけて近付いていく。

 灰色の髪の男が同じ色の光る玉を両手から出すと、やりのように鋭い形へと変型させた。龍に向かってそれを放つ。

 龍は口を開けると、その槍のように尖ったものを飲み込んだ。全身が赤に染まっていた身体に灰色の模様がいくつも浮かび上がる。

 紺色の髪の男が同じ色の光を七両に向けて伸ばした時、彼は男達に向かって台帳を投げた。

 灰色の髪の男が慌ててそれを受け取る。

 「お前らの目的は俺じゃねえだろ。返してやったんだ、さっさと帰んな」

 紺色の髪の男は七両を一睨ひとにらみした後、伸ばしていた自分と同じ色の光を消した。

 「今度、俺たちに逆らってみろ。ただでは、済まさんぞ」

 紺色の髪の男がそう言い放った後、きびすを返し歩き出した。

 灰色の髪の男も睨み付けると、台帳を抱え直してその後に続いた。

 観衆はあっけなく終わったことに対して不満そうな顔を見せていたけれど、その後も何事もなかったように歓声をあげた。

 七両は歓声と拍手を一身いっしんに受けながら、観客へ向けて深々と頭を下げた。龍も同じように一礼し、紅月は頭を下げる代わりに両の羽を広げて感謝の意を表した。

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