第6話 異変

 高校生になった。

 僕の体はすっかり大きくなっていて、アーニャやニチェよりも力が強くなっていた。

 春、僕は学校に行く前に、何となく通いなれた神社の裏手に足を運んだ。

 特に理由があったわけじゃない。ただ、春になれば沢山の桜の花を咲かせてくれる、あの木を、一日の初めに見ておきたかったんだと思う。


「あ、れ……?」


 異変に気付いたのは、その時だ。


「こんなに……少なかったっけ?」


 桜の花が、例年よりも少なかった。

 僕が小学生の頃は、むせ返るような桜吹雪をまき散らしていた、あの桜の木は。

 今はもう、頼りないくらいに少ない花を咲かせていた。


「どうして……」


 そう言いながらも、僕はなんとなく察していた。


 僕は異世界に渡る時、桜の木に傷をつける。


 還る時も、傷を付ける。


 僕は何度も鉈をふるって来た。



 辛い時。


 泣きたいとき。


 苦しい時。


 どうしようもなく、逃げ出したいとき。


 楽しい事があったときも。


 嬉しい事があったときも。


 みんなに会いたいときも。


 会いたくてしょうがない時も。


 鉈をふるって。


 ふるってふるって、ふるってふるって。


 傷つけて傷つけて切って切って、切り続けてきた。


 何度も何度も。


 数えきれないくらい。


 そうすれば当然、桜の木は弱ってしまう。


 こうして、桜の花をつける気力がなくなってしまうくらいに。


「そんな……」


 桜の木に近づき、樹皮に触れる。

 ごつごつとしていて、どこかあたたかい。

 そして、更にとんでもない事に気付く。


「――――っ⁈」


 僕がいつも切っている反対側。

 つまり、異世界から帰る時に切っている部分。

 そこにも、深い切り傷が付いていた。


 前と後ろ。


 その両方にある生々しい傷跡を見て、僕は察した。

 異世界に居る時に切っていた桜の木は、この樹とは別物だと、思っていたけれど。

 本当は一緒の、一本の木なのだという事に。


 異世界に渡ればわたるほど。異世界から帰ってくれば、帰ってくるほど、桜の木は前後から傷つけられ、弱っていく。


 そして最後には、きっと――――


 僕は知る。

 僕は察する。


 この世界と、向こうの世界。

 遠くない未来。


 僕はいずれ、そのどちらかに行くことができなくなる。


 僕は、選ばなくてはならない。

 どちらの世界に、身を置くのかを。

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