第4話 喚ばれし者、招く者


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 竜人にとって現実世界での生活は、ごくごく普通の高校生活だ。

 睡魔と格闘しながら午前の授業を乗り越え、昼飯。そして睡魔と激闘を繰り広げながら午後の授業を乗り越えて放課後。放課後は気の合う3人とゲーセンか本屋かヲタメイトに6時前まで入り浸り、帰ったらシャワーと勉強。そしていつもの〝召喚〟だ。


 この1年間ずっと、ほとんど同じ生活サイクルを延々と続けてきた。



「竜人ってさ………」



 ようやく午前の死ぬほど眠い古文の授業が終わり、待ちに待った昼休み。

 気の合うメンツでいつものように昼の弁当をつついていると、向かい側でコンビニ弁当を食っている若干のイケメン……新竜敬一(通称ケイ)がずい、と身を乗り出してきた。



「竜人ってさ、彼女とかいんの?」

「………いたらどうする?」

「泣き喚き散らす」

「いる」



 むぎゃあああああああああああ!!! とひっくり返ったケイに「男子うるさい!」と女子が一喝するが「うるさくにゃい! 俺はサイレントクールガイだぞ!!」とケイが言い返し、しばし不毛な一組の男女間での言い争いが始まる。


 それをよそに竜人は、自前の弁当に集中していたのだが、



「………え? 実際いるの?」

「まあ、女子力高いしねぇ。弁当も自前なんでしょ?」


 親に作ってもらった弁当を広げるインテリメガネ(現代文限定)こと、竜秋誠司(セイジ)と、何個ものパンやサンドイッチを机の上に並べているやや横に広めの竜郷純一郎(通称リューゴ)も話に乗っかってきたので、とりあえず、



「………向こうはそう思ってないみたいだけど」

「なら許す」



 と、女子とも不毛な言い争いを一方的に中断してケイが戻ってきた。



「まあ、俗に言う〝二次元の彼女〟的な感じだろ? そう。俺たちモテないヲタク系男子にとって女とは二次元にのみ潜む神秘。ぐふふ………」

「モテないのは事実だけど」

「二次元を恋人にする度胸はないなぁ」


「2でも無ければ3でもない」


「………ま、まさか2.5次元だと!? CGか!? グラフィックに恋したと言うのか竜人は!?」

「4という可能性もあるぞ」

「四次元!? まさか人間が認識できる空間の限界に迫るつもりなのか竜人は………!?」



 いつものように一人暴走するケイに、竜人は「もしかしたら5次元かも」と燃料を注ぎつつ、



「あ、ごめん。今日ちょっと用事あるから一緒にゲーセン行けないんで」



 へぇ。珍しいねとセイジ。

 いつもなら放課後、ケイ、セイジ、リューゴの3人で駅前のゲームセンターか本屋かヲタメイトで6時前ぐらいまで入り浸るのだが、今日は、デパートの方に用事がある。


 ケイは少々不満そうだったが、



「………まあ、いいだろう。本来であれば集団生活でスタンドプレーはご法度だが、今回だけ特例として認めてやろう」

「悪いね」

「だがな、これだけは覚えておけ。………我ら! 最近男女共学になったばかりの高校で孤立した、ややイケメンのヲタク男子4人衆! 新竜敬一ッ!」

「天竜竜人!」

「り、竜秋誠司っ」

「竜郷純一郎」





「「「「我ら四人、生まれし日、時は違えども、共に社会的に死すときは一緒なり!!!」」」」





 教室にいた何人かが無残にも昼食を噴いて、「しゃ、社会的にって……」「男子笑わせんな!」「警察………いや、CIAを呼んできて」といつもの女子らから容赦なく突っ込みが入ったのは言うまでもない。










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 召喚術による魔法文明が根づいている世界ファルナーゼ。


 王立リフニール召喚学園は、遥か大戦時代以前から続く、かれこれ800年以上の歴史と伝統を持ち、なおかつ召喚術研究の最先端を行く名門中の名門だ。産業革命によって発展し続けている地方都市リフニールの狭い一角に古い校舎と学生寮がひしめいており、校門から見れば複数の建物が奇妙に入り組んでいるようにも見えるだろう。


 実際、校舎の中は800年の間に滅茶苦茶に増改築が繰り返された迷宮で、新入生は誰もが道に迷うのが伝統だ。上級生でも全ての道を知っているわけではなく2年生のアリゼも、ここ最近ようやく迷わずに教員室に行けるようになったばかりだった。



「シバーリア先生っ!」



 昼休憩の時間。アリゼが教員室に飛び込むと、奥の方に目的の女性………新約召喚理論の教師シバーリア・イフセボアーンの姿が。



「先生! お聞きしたいことがあるんですが」

「今はお昼休憩中よ~アリゼちゃん。あなたも休みなさいな」

「もう食事は済ませました。すぐにでも見ていただきたいものがあるんですが………」

「また、例の召喚術かしら?」



 はい! とアリゼははやる気持ちで手に持っていた巻物………一つの召喚陣が描かれた用紙を広げた。



「私が考えた完璧な〝天竜〟の召喚術式です! 旧約言語と新約言語の間に、〈結合〉と〈解釈〉を組み込んで………」



 熱心に解説するアリゼに、「ふむふむ~」とシバーリアは描かれた召喚陣を興味深げに指でなぞる。



「理論構築自体はよくできているわ。正直、私が作るよりもずっと」

「ほ、本当ですか!? じゃあ、これで………」

「でもね、アリゼちゃん。一つ、大事なことを忘れてないかしら?」



 へ? とキョトンとしたアリゼの表情に、シバーリアは悪戯っぽく微笑みかけて、



「召喚術の基礎は二つ………理論の構築と、対象の想像。アリゼちゃんは〝天竜〟を見たことがあるかしら?」

「い、いえ………。でも〝天竜〟に関する本なら………!」



 ダメよ~。とシバーリアはやんわりとした口調で、それでいてピシャリとアリゼを窘めた。



「アリゼちゃんが頑張って〝天竜〟を召喚しようとしていることは知ってるわ。でもね、文字の上だけで〝天竜〟のことを知っているだけじゃダメなの。もっと頭の中で………そう、想像できるようにならなきゃ。その体躯、広げた翼………鱗は陽の光で白銀に照らされて………」



 これを、と机の引き出しからシバーリアがアリゼに見せたのは、古い一冊の書物。

 開いてページがめくられ………白銀の竜が描かれた頁で止まる。

〝天竜〟について徹底的に研究したアリゼにとっては、見慣れた姿だ。



「………〝天竜〟の姿ぐらい知ってます」

「そうよね。でも、その姿の端から端までしっかりイメージできるかしら? より高位で強力な召喚獣を喚ぶためには、その対象をより具体的に想像する必要があるの」

「完全にその姿を想像しながら詠唱していますっ!」

「本当にそうかしら? 書物に書かれ、絵で描かれたその姿は、あくまで大昔の伝聞に過ぎないわ。もっと深く想像してみなさい。………古の大戦時代。それは何もかもが退廃した絶望の時代。天界から差し込んだ救済の光から現れた竜の姿………その白銀の翼は争いの闇を払い、息吹は死んだ大地を再び蘇らせた………」



 まるでその場に立ち会ってきたかのように語るシバーリアを、どうにも理解が追い付かない表情で見やるしかないアリゼだったが、



「………つまり私の想像力が足りないということ……つまり想像力を補完する必要があって………先生、分かりましたっ! 召喚術式の中に対象の姿に関する理論術式を組み込めばいいということですよね!?」


「え………? アリゼちゃん。それは………」

「ありがとうございますっ! 早速術式を組み直してみます!………今日こそはアイツじゃなくて〝天竜〟を召喚して見せるんだから!」



 シバーリアの制止も聞かず、すっかり組み立てる術式の事で頭が一杯になったアリゼは、回れ右して教員室から飛び出していく。あの調子だと、午後の授業はすっかり抜けるつもりなのだろう。召喚理論に対する理解が深く、それこそ教授や博士と呼ばれるような人たちまで唸らせ、学園始まって以来の天才と言われているのに………



「………召喚陣の理論術式は完璧なのよね~。これなら〝天竜〟じゃなくても竜を召喚できるはずなんだけど………」



 シバーリアは、ピラッと置いたままの紙を取り上げた。複雑に描かれた紋様や文字は、完璧な筆跡、比率で描かれており、シバーリアが今日まで見てきたどんな召喚陣よりも精緻だった。




「召喚術の本質は〝喚びたいものを喚ぶこと〟って言われているけど………」





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