アフターストーリー「男だけの話2」

「え、待ってよ。でもカナタ武国の刀術って確か、門外不出じゃなかった?」


 そもそもサムライナイトとは英雄王トゥーロがその誕生に関わったと伝えられる、連合発祥の職業のことだ。

 カタナブレードと呼ばれる特殊な鍛造剣を用い、独特の剣術を継承すると言われている。

 言われている……というのは連合の中でもカナタ武国と呼ばれる国にのみ、そのカタナブレードの鍛造技術やサムライナイトの認定権が存在するからだ。


 国民の実に三割が専属兵士、残り七割のうち半分以上が兼業兵士という凄まじい国であるが故に、カナタ武国はその建国から一度として侵略を許したことはなく、また侵略したことも無い。


 かつて攻め込んできた同じ連合内の隣国に「寄らば斬る。覚悟あらば越えられよ」と言い放った当時の王もサムライナイトであったというが……その攻め込んだ国の兵の生き残りのほとんどが心に何らかの障害を負ったという、嘘か本当かも分からぬ話が残っているほどだ。


 当然カナタ武国でもその扱いには非常に厳格であり、カタナブレードは現物はともかく職人は首都からの移動を禁じ、その弟子も一度弟子となった以上は一生首都からは出られなくなる。

 サムライナイトに関しても、自国で認定したサムライナイト以外は認めぬと宣言している。

 まあ、勿論「もどき」は他国にも色々居たりするのだが……カナタ武国はサムライナイトを名乗る「もどき」は正しき道に導くか斬り捨てよ、と世界中に散らばるサムライナイトに命じていたりする。


 つまり、「外」で教える事など出来るはずがないのだ。

 しかしエルは悲しげな表情で首を横に振る。


「国の許可が出てるんだそうだ」

「えっ」

「俺の恋愛事情に国が絡んでるんだよ……」

「えーっと……」

「ついでにだな? たとえばシェリーと恋仲になったとしよう」

「何歳差だっけ」

「法の範囲内らしい」


 ジークの野郎が耳打ちしてきやがった、とエルは悲しそうに語る。

 シェリーの護衛騎士、ジーク。思えば彼も災難だろう。


「ともかくだな、シェリーと恋仲になったとするぜ?」

「うん」

「……盛大な結婚式の準備は整ってるそうだ」

「ぷふっ」


 どっちにせよ妻帯者までの急行チケット。

 あまりの逃げ場の無さに、カナメは思わず笑ってしまう。


「笑いごとじゃねえぞ、カナメ」

「なんでさ」

「いいか、俺は今聖国の国籍を持ってる」

「そうだね?」

「でもって、お前の友人だ」

「うん?」

「お前、友人代表って事で担ぎ出されて向こうのお偉いさんと会談決定だぞ」

「あー……まあ、そのくらいなら」

「お前、俺が王国の王様になっても同じ事言えるか」

「えっ」


 シェリー曰く、どうにもそうらしい。

「今のカナメ」の友人……それも親友という立場は、世界各国から見るとあまりにも大きい。

 これから間違いなく世界の中心になるであろう聖国と友誼を結んでおきたい国は多く、「より素晴らしい夫」を得る事が務めの王国の姫としては、エルは最高クラスに良い物件だ。

 となると、エルをシェリーの王配という立場に据えて聖国と強い関係を結ぼうとするのは自然の流れでもあった。


「……ついでに言うと、カナタ武国ではカエデの親父さんを最高師範として据える動きがあるらしい」

「あ、あはは……」

「この前カエデの奴、俺の腕に絡まるフリして合いそうな刀の寸法測ってやがったんだぜ……」


 明らかに刀術教えようとしてやがる、とエルは頭を抱える。

 聞いているだけで可哀想になってくるな……とカナメは思ってしまう。


「大変だね……」

「もっと普通の恋愛がしてえんだよ、俺は」

「普通、かあ」


 普通の恋愛ってどんなのだろう、とカナメはふと考える。

 思い返してみればカナメとアリサの出会いも普通とは言い難い。

 空から落ちたカナメをアリサが助けたのが発端だし、その後の事も「普通」とは言い難い。


「……普通って、どんなんだっけ」

「俺も分からん」


 遠い目になった2人は、ふと思い出したようにダルキンに視線を向ける。

 やはりいつ頼んだのか野菜の浅漬けを齧っていたダルキンは視線に気付き「何ですかな?」と首を傾げる。


「そういえばルウネって、ダルキンさんの孫娘なんですよね」

「そうですな」

「てことは爺さんにも奥さんがいたわけだ」

「そうですな」

「……どんな出会いだったの?」


 2人の興味津々の視線に、ダルキンは「ふむ」と頷き……やがて、薄い笑みを浮かべる。


「さて。なにぶん爺ですからな。忘れてしまいました」

「嘘だ」

「ぜってえ嘘だ」

「さて、最近は20年前の夕食も思い出せませんしなあ」

「めっちゃ記憶力いいじゃねえか」


 笑って誤魔化すダルキンから話は聞き出せそうにないと、エルはカナメへと振り向く。


「まあ、爺さんの話はさておいてだ」

「うん」

「……どう思う? つーか俺はどうしたらいいんだ」


 エルの溜息混じりの言葉に、カナメはしばらく宙に視線を彷徨わせ……やがて、悟り切った顔になる。


「……なるようになるんじゃないかな?」

「そこを何とか。進みそうで進まねえ関係を維持してるお前なら何か秘策があるだろ」

「真っ二つにならないように体を鍛えてみるとか」


 最近エリーゼ、かなり力強くなってきたんだよね……と。

 遠い目で呟くカナメを見て。エルは「何かが間違ってやがる」と、そう力なく呟いた。

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