アフターストーリー「男だけの話」

「なあ、カナメ」

「何? エル」

「男だけで遊びに行かないか」


 ぐったりした様子のエルからそんな提案が出されたのは今朝の事。

 最近のエルの気苦労を知るカナメは多少の同情と共に受け入れた……のだが。


「あのさ、エル」

「言いたい事は分かるぜ、カナメ」


 聖都の中でも穴場と言われる、比較的郊外の隠れ場的酒場の隅っこに座ったカナメとエルは、同時に「そこ」へと視線を向ける。


「……なんで居るんですか」

「なんで居るんだよ、爺さん」

「何故と聞かれましても」


 そう、同じテーブルにしれっとした顔で座っているのはダルキン。

 いつの間に現れたのかカナメですら気付かない気配の消しっぷりには恐怖しか覚えない。


「偶然ですよ、偶然」

「嘘くせえ……」

「まあ、嘘ですな。普通に後ろを歩いておりましたし」


 気づかなかった。

 いや、まさか嘘だろう。

 そんな風な想いと共にカナメとエルは顔を見合わせるが、真実は不明だ。

 何しろ最強のバトラーナイトと言われ古代のドラゴンと平気で渡り合うダルキンだ。

 何をしてもおかしくはない。


「……で、実際何しに来たんだよ。女子に此処をバラしたり報告するってんなら帰って貰うぜ?」

「ほっほっほ、そこまで警戒せずとも。私は誰と契約しているわけでも無し。あえて言うならカナメ殿の仲間であって、心情的には孫娘の味方ですからな」

「……ならまあ、いいけどよ」

「いいのかなあ……」


 納得いかない風のカナメにエルは「いいんだよ」と頷く。


「で、だ。カナメ、ハーレム王のお前に相談がある」

「帰っていいかな」

「褒めてんだぜ?」

「全くそう思わないんだけど」

「まあ、間違ってはおりませんな」


 カナメの周囲は美少女が多い。

 その好意の大きさに差異こそあれど、嫌っている者はおらず……しかも全員もれなく美少女だ。

 ダルキンの目から見ても、カナメはハーレムを構築していると言えた。

 一般的な「ハーレム」との差が何処かと言えば、健全な関係であるか否かといったところだろう。

 つい最近アリサと恋人関係になったばかりのカナメだが、他の女子……特にエリーゼはカナメをまだ諦めていない。

 隙さえあればアリサから奪い取る構えだが、この関係がどう落ち着くのかはダルキンも気になるところだ。


「まあ、そう不貞腐れる事はありません。かのトゥーロ王と比べれば大人しいですぞ」

「そんな人と比べられてもなあ……」


 カナメの遥か前にこの世界に転移してきたらしい「もう1人の日本人」の事を思い浮かべながら、カナメはジュースをぐいっと飲む。

 思い返してみれば、破壊神騒動は彼のやった事が世界の混乱を招き負の感情を加速させた結果でもあった。

 勿論、それ以前に「此処以外の全ての世界からの悪意」が集まったせいでもあるのだが……自分勝手に生きたトゥーロの責任は大きい。


「俺は絶対にああはならない。ハーレム王だとかどうとか……そういうのは心外だよ」

「んー……ああ、まあ。いいんだけどよ」


 お前結婚してねえから、狙ってる女増えてんぞ……とはエルは言わない。

 流石にそれを言うと追い詰めそうな気がするし、その結果暴走したら結果的にエリーゼに八つ裂きにされかねない。


「で、だ。そんなお前に相談なんだが……最近の俺の現状、どう思う」

「どうって」


 エルの言う「現状」とは、間違いなくカエデとシェリーの事だろう。

 瞬間湯沸かし器の純情サムライ少女と、エリーゼの姉妹であり高飛車な王女様。

 随分と濃い人達に好かれたよな……とカナメは自分の事を棚上げしながら考える。

 この2人はエルの事を狙って毎日のようにやりあっており、エルの心労を加速させる原因でもある、のだが。


「あのさ、エル」

「なんだよ」

「前に、可愛い女の子とパーティ組んで冒険したいって言ってなかったっけ」

「可愛くて『性格のいい』女の子な」

「イイ性格だとは思いますぞ」

「うるせえ」


 いつの間にか頼んだらしいワインを呑んでいるダルキンに悪態をつくと、エルは椅子の背もたれをギイと鳴らす。


「それに戦力としても動きの速い前衛と、魔法士でしょ? エルと合ってるんじゃない?」

「……確かにそうかもしれねえ。だがな、考えてみろ」

「うん?」

「あの2人とパーティを組めば、俺は遠からずどっちかと結婚する事になる」

「おめでとう」

「最後まで聞け。まずカエデを選べば、あの瞬間湯沸かし器を育てたサムライナイトの家族がついてくる」

「別に会うわけじゃないでしょ」


 カエデの出身は連合のカナタ武国だ。

 聖国からは遠く離れた国であり、然程エルが苦労するとは思えなかった。


「あのな、カナメ。お前自分の立場分かってるか」

「俺が何の関係があるのさ」

「弓神レクスオールの化身か、はたまた本人か。破壊神を封印し、世界を救った大英雄。ついでに冒険者ギルドに代わり台頭しつつある組織『クラン」の創設者。その恋人は戦神アルハザールの剣を使う少女。でもって死の妹神レヴェルも側にいる」

「うん。改めて聞いてみると凄いね」

「おうよ。つまりだな、この聖国は今世界で最も神に近い場所だ……と言われてる」

「……そうだね」


 それは否定できない。しかし、それがエルの恋愛事情とどう関係があるというのか?


「カエデの両親な、俺とカエデが恋仲になったらこっちに移住して刀術道場を拓く気なんだよ」


 この前カエデが嬉しそうに言ってた、と。

 出荷される家畜のような表情でエルは呟いた。

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