アフターストーリー「カナン大祭とエル5」

 願いは儚いもの、祈りは空しいもの……とは何処の詩人の台詞だっただろうか。

 エルのささやかな願いは残念ながら届かなかったらしく、クランの裏口に近づくと聞き慣れた二人の喧嘩の声が聞こえてくる。


「あー……やっぱりか。ケンカすんなって言ったのによぉ……」


 往来でケンカなどしていれば聖騎士か……場合によってはレクスオール神殿かアルハザール神殿あたりの神官騎士が飛んできそうなものだが、この二人に関しては「いつもの事」ということで比較的放置される傾向にある。

 ……まあ、いつだったかイリスに「先に武器を抜いた方を殴ります。ああ、ちなみに武器をわざと抜かせた場合は……」などと慈愛に満ちた笑顔で言われて以来、カエデですらもカタナブレードに手をかけなくなったようだし、シェリーも迂闊な挑発はかなり控えているというのもあるだろう。

 それでもケンカに発展しているのだから、余程相性が悪いのだろうか?

 溜息をつきながらエルが裏口へ回ると、そこでは予想通りにカエデとシェリーが睨み合いをしていた。

 手を出していないのは、何処からイリスが飛んでくるか分からないが故の自制だろうか。

 出来れば女の子らしさの発露であってほしいとエルとしては願いたいところだ。


「……だから! エル殿と先に約束していたのは某だと言っている!」

「ハン! 何をそんなに焦っておる? 妾は仲良く三人で回ろうと言っておるだけではないか? ……まあ、その途中で一人程逸れるかもしれんがのう?」

「本音が出たな……! そもそも約束に後入りしようとは遠慮を知らんのか!」

「そのようなもの。王族に遠慮などという言葉はないわ! 勝ち取る事こそ妾の生き様よ!」


 ちょっと聞くだけでエルは「関わりたくねえなあ」とかなり本気で考える。

 あの手の会話に男が絡むとロクなことにならないし、しかも解決に繋がる可能性は限りなく低い。

 しかし、だからといって介入しないわけにもいかない。

 何しろ、どう聞いても話題の中心というか原因は自分なのだ。

 意を決すると、エルはわざと足音を大きめにたてて二人へ向かって歩いていく。

 すると、エルの方へと向いていたシェリーだけでなく背を向けていたはずのカエデまでもが瞬間的に振り向く。


「おお、エル!」

「エル殿……!」


 笑顔になるシェリーとは逆に、不機嫌そうなカエデはズンズンと……珍しく大股で歩きながらエルへと向かって歩いてくる。


「どういうことだエル殿!? 何故あの女が某達の約束に紛れ込んでくる!?」

「ど、どういうってお前。折角の祭なんだし、別にいいじゃねえか」

「某は二人で楽しく回るつもりだったのだ!」

「あー、いや。そりゃ仲悪いのは知ってるけどよ。これを機に仲良くってことでいいじゃねえかよ」


 愛の神カナンは様々な縁を司ると言われている神だ。

 恋愛、友情……まあ、主に恋愛なのだが「縁結び」として全て括られている。

 エルのような神といえば精々アルハザール、レクスオール、本人に会っている影響でルヴェルレヴェル……くらいしか知らない一般大衆的な男からしてみれば、カナンは「なんかよく知らんけど愛とか友情とか、そんな感じの縁結びの神様」といった程度の認識だ。

 実際冒険者パーティや新しい商会などが長い友情やら良い商売縁やらを願ってお参りすることも多い為、むしろ女性や一部の男性諸氏にとっては「恋愛の神様」としてみられている部分があるのだが、その辺を認識していないし興味がない。

 まあ、そんな感じだからエルとしてはこういう台詞が出てくるわけだが……まあ、カエデとシェリーにも多少の責任はある。


 恋愛初心者のカエデは「そういうもの」が良く分からないせいでエルへの態度も戦友だの友人だのから抜け切れていないし、シェリーは二言目には婚約を持ち出すからエルには、お姫様が適当な「魔除け」を探しているのだと思われている。

 だが一番の問題が何処かといえばフラれ続けているせいで恋愛関連の思考が知らずのうちにネガティブになっているエルだろう。

 そしてカエデもシェリーもなんとなくそれを察しているが故に、エルに対して攻め切れていない。

 いや、実を言うと一度思いっきり攻めた事はあるのだが、思いっきり引かれている。


「……まあ、エル殿が言うのであれば」

「今だけは仕方ないのう」


 だから、エルの言う事はとりあえず二人とも聞く。

「すげえめんどくさい二人」と認識されかかっているのを自覚しているのだ。

 すでに挽回不能な印象にも思えるが、二人は相談したわけでもなく「エルが居なきゃなんかダメな感じ」のポジションにシフトしている。

 これは狙ったわけではなく、勿論そう演じているわけでもない。

 ただ単に「エルが世話焼き体質」なのを乙女の本能的なもので感じ取っているのだ。

 こうなるとエルも二人を突き離せず、なんだかんだで世話を焼くわけだが……。


「……ったくよう。イリスさんにいつか本気でぶっとばされちまうぜ?」

「その時は、挑むしかあるまい」

「妾は逃げるぞ。エル、共に王国まで逃げような?」

「ケンカをやめろっての……」


 自然と三人並んで歩いていく。そこに至るまでのポジション決めに喧嘩は一切なく、慣れた様子で「両手に花」が出来上がっている。

 カナン大祭に向かう独身者から見てみれば、実に仲睦まじい「エルのハーレム」でしかない。


「……怖いなあ、女の子って。あれ、ほんとに計算じゃないのかな?」

「んー。計算だったら、もうちょっと詰めてるかな?」

「え、何それ怖い」


 上の階の窓からそんなエル達を見ていたカナメとアリサは、そんな会話を交わす。

 カナメからしてみれば友人のエルの恋模様はかなり気になるのだが……そこに首を突っ込むほど余裕があるわけでもない。


「……ま、なんていうか。頑張れ、エル」


 そんな友人からの無責任な応援が投げかけられているなど、エルは知る由もないだろう。

 カナン大祭の始まりを告げる鐘が聖都に鳴り響く。

 たとえ世界の行く末を決める戦いが終わろうと……いや、終わったからこそ。

 恋という名の戦いは、より激しさを増していくのだ。

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