SS「ダルキンとエリーゼ」

 流れる棒切れ亭は、基本的に客がいない。

 それは店主のダルキンがメイドナイトやバトラーナイト目当てで溜まる連中を物理的に退店させたからであったり。

 あとはまあ……色々と表沙汰に出来ない理由があったりするが、それはさておき。

 ともかく流れる棒切れ亭には基本的には客がいない。

 そして珍しい客であるカナメもエルと一緒にダンジョンに出かけており、その仲間達もほとんど出かけている。

 唯一残っているのはエリーゼという王国の姫に限りなく似た誰かと、そのバトラーナイトである。

 まあ、姫だろうと王だろうとダルキンには関係ない、のだが。

 その誰かがカウンターでダルキンをじっと見ていれば話は別である。


「……何か私の顔に面白いものでもついておりますかな?」

「いいえ?」

「そうですか」


 ダルキンは磨き終わったグラスを棚に戻すと、太いが短い……所謂端材をカウンターの下から取り出す。


「なんですの、それ?」

「これはですな……」


 手で素早く端材をカットし、磨き上げて。

 一瞬の後には、ダルキンの手の中に一つの木像が出来上がる。

 少し奇妙な形の弓を構えた、一人の男の像。

 歴戦の冒険者の如く凛々しい顔をしたその像を本人が見たら肯定も否定も出来ない微妙な表情をするだろうが、それが誰であるかに気付いた少女は「まあっ」と嬉しそうな声をあげる。


「カナメ様ですわね! そっくりですわ……!」

「金貨1枚になります」

「買いますわ」

「追加で銀貨20枚をお支払いになれば綺麗に色も塗りますが」

「お願いしますわ」

「更に銀貨80枚追加で保存の魔法を」

「最高のものに仕上げてくださいませ」


 金貨を積み上げる少女の前で色を塗りながら、ダルキンは「ところで」と問いかける。


「本当は何の御用だったのですか?」

「それが仕上がったら言いますわ」

「仕上がりましたが」


 コトン、と音を立ててカウンターに置かれたカナメの像は、しっかりと黄金弓の輝きまで表現された意欲作で、本人が見れば頭を抱える事は必至だが……エリーゼはそれを嬉しそうに持ち上げ眺める。


「凄いですわね……あれだけの緻密な作業を、魔法を同時に使いながらなさってましたわね?」

「おや、お分かりになりますか」

「魔法に関しては少し自信がありますもの」

「ハハハ。これは将来が楽しみですな」


 実際、乾燥の時間などを省く為に「そういう魔法」を使ってはいた。

 微細な魔力の動きだったはずだが、たいしたものだとダルキンは本気で感心する。


「で、本来のご用事とは?」

「ええ。料理を教えてほしいんですの」

「おや」


 ダルキンが視線を向けた先にいるのは、カナメ像を布に包み仕舞っているハインツ。

 彼であれば料理を教えるなど簡単なはずなのだが……。

 そんなダルキンの視線に気づいたエリーゼは、苦笑する。


「ハインツはダメですわ。完璧なんですもの」

「と仰いますと?」

「カナメ様は、たぶん……下町料理といいますか、えーと……」

「家庭料理ですかな?」

「そう! そういうのが好みであるように見受けられますわ」


 なるほど、確かにカナメはちょっと手を抜いたような……というよりは軽い手間をかけて仕上げるような、そんな「何処で食べても変わらない味」の料理をよく好んでいる。

 とはいえ、たまに混ぜた高級品も目敏く食べているので「完璧な料理」が嫌いというわけでもなさそうだが……。


「見ていましたけど、貴方の料理は意図的に手を抜いているように見受けられましたもの」

「ほう?」

「実際、旅先でもそんなに手はかけられませんし……本当に簡単な料理となると、私はベテランのアリサには敵いませんわ」


 冒険者歴が長いアリサは、その辺りハインツとは別の意味で完璧だ。

 手間は可能な限り少なく、味はそれなり。調理時間も少なく、さっと出来て匂いも強くない。

 そういうモノでアリサと張り合ってアピールしようと思っても無理であり、となると旅先で出来る「アリサよりも美味しいけど簡単な料理」を身につけるしかない。


「私は忘れませんわ。手際よく料理を仕上げていくアリサを見る、カナメ様の尊敬するような目を……! あの目を、私にも向けて貰わないといけませんの!」

「はあ」

 

 いわゆる胃袋を掴む、というやつだろうか。

 確かに料理というものはそういう方面で便利らしいと聞いた事はある。

 あるが……聞く限り、「尊敬」を勝ち取ってもエリーゼの望む結果は得られないようにダルキンは思うのだが……まあ、そこはダルキンの関与する部分ではないだろう。


「ダルキンさんなら、そういうレシピにも覚えがあるはずですわ。それを伝授してほしいんですの」

「銀貨40枚」

「払いますわ」


 じゃらりと革袋を置く少女の目は、本気そのもの。

 この短時間で随分吹っ掛けたせいで懐が随分潤ってしまったが、こういうのは互いに納得できるのが一番だ。


「良いでしょう。幾つかのレシピをお教えいたします……こちらへ」


 まあ、仕方が無い……とダルキンは心の中だけで溜息をつく。

 この恋する少女の為に、一肌脱ぐのもたまにはいいだろう。

 そんな事を考えながら、ダルキンは穏やかな笑みを浮かべた。

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