ショートストーリー
SS「アリサとお勉強」
これは、ミーズの町の復旧作業の最中の日々の出来事。
カナメの文字の勉強の最中の話である。
「うーん……」
「うう……」
唸るアリサと、目を逸らすカナメ。
二人の前には机と椅子と……紙とペン、そして本。
「うーん……」
唸るアリサの顔がカナメが目を逸らした先に回り込み、再びカナメは視線を逸らして。
「うーん……?」
再度アリサが回り込み、カナメは視線を逸らそうとして顔を掴まれる。
「うーん……」
「い、言いたい事があるならハッキリ言ってくれよ」
まるで刑の言い渡しを待つ罪人の如き顔をするカナメに、アリサは真面目な顔で首を傾げる。
「うん。あのね、私……カナメは頭はそんなに悪くない方だと思ってたんだ」
「うぐっ」
アリサの視線は、目の前の紙……カナメが書いたモノのほうへと向けられる。
それはこの世界の文字……「共通語」と呼ばれるものをカナメが書いていたものなのだ、が。
あちこち間違えている為、正体不明の記号になってしまっている。
よく学習中の子供が困った挙句にオリジナルの文字を作ってしまったりするが、それに似ているとアリサは思う。
「……なんで、間違えるかなあ。昨日あんなに書き取りしたよね?」
「だ、だってさ。やっぱり一から文字習得ってのは中々……」
「ギルドによく居る頭の中まで筋肉連中みたいな言い訳、カナメにはしてほしくないなあ?」
「……ごめん」
「よろしい」
素直に謝れるのはカナメの美点だが、その素直さで文字を素直に習得してくれないのは困ったものだ。
共通語はその名の通り世界共通だから、書ければ何処に行っても通用する。
ウンザリする程文字と言語があるらしいカナメの世界に比べたら楽なものだとアリサは思うのだが、どうにもカナメにはそう楽にはいかないらしい。
「共通語は喋れるのにねえ」
「あ、それ俺も疑問だった。なんで俺こっちの世界の言葉……っていうか、違う世界の言葉喋ってる自覚は無いんだよなあ」
「ん? そうなの?」
アリサにカナメは「ああ」と答えると、口元を指さす。
「ひょっとすると、こっちの世界に飛ばされた時に日本語が共通語になる能力に芽生えたとか……」
「そんな妙な能力も魔法もないと思うけどなあ……ちょっとカナメ、「あ」「い」「う」って順番に喋ってみて?」
「え? あ、ああ」
促されて「あ」「い」「う」と喋るカナメの口元を間近でじっくり見ていたアリサは、「もう一回、今度はゆっくり」と促して。
カナメは「あ」「い」……と言った後で、顔を赤くし手で隠してしまう。
「……ごめん、なんかすっごい照れる」
「まあ、人前であんまりやる事でもないしねえ」
「そうじゃないんだけど……いや、いいや。それで、どうだった?」
下手に突っ込んでも自分が恥ずかしくなるだけだと気付いたカナメが促すと、アリサはふーむと唸ってみせる。
「どうもこうも、普通だけど。声を発する時に魔力が出てる気配もないし、唇の動きも普通だよ。カナメの元の世界の言葉とやらと比較したわけじゃないから確実とは言えないけど、カナメは共通語を話してるって理解でいいと思う」
「そ、うなのか」
「たぶんね。まあ、それは問題ないからいいとして」
「ああ」
「とりあえず、書き取りは後にして……本読む事から始めよっか」
「うぐっ」
紙とペンをどかして本をカナメの側に寄せると、アリサは表紙をトンと叩く。
「はーい。それじゃこれ、表紙の文字読んで」
「え、えーと……そ、そらうのつくりれた?」
「ちっがーう。そらうって何さ、そらうって。「そ」はこうでしょ!」
本を開き文字を指し示すと、カナメは「あっ」と呟く。
「見覚えはあるみたいだね、よろしい。それすら無かったら私、カナメを窓から吊るしてたかもしれない」
アリサはやるといったら本気でやる。冷や汗を流しながらカナメは、本を閉じて残りの文字を必死で思い出す。
「えーと……あ、そっか。これは「さ」だ。えーと、さらうのつくりれ……違うな。あ、そうか。「か」だ!」
横で黙って見ているアリサの眼前で、カナメはパッと顔を明るくする。
「分かった! 「さらうのつくりかた」だ!」
「浚うを作ってどーすんの。何それ、誘拐の手順書?」
「え、いや。さらうっていう道具か何か」
「無いから。ほら、もう一回見直し」
うーん、と唸り始めるカナメを見て、アリサはふうと息を吐く。
まあ、短い時間で大した進歩なのかもしれないが……出来れば、カナメを教養の無い人間とは思われたくない。
それはカナメの人生にとって間違いなくマイナスだし「世間知らずのお坊ちゃん」と「世間知らずの阿呆」では周りからの見る目も違う。
アリサとしては出来れば「世間知らず」の部分も取っ払ってあげたいのだが、とりあえず前者くらいには今のうちになってほしいのだ。
「あ、分かった! 「と」だ! さとうのつくりかた……砂糖の作り方か!」
「ほんとにそれでいい?」
「うっ……たぶん。いや、絶対大丈夫……のはず」
「それは大丈夫って言わないなあ。まあ、いいや。次は中読もうか」
促されてページを捲りたどたどしく読み始めるカナメの姿に、アリサは溜息をついて。
「頼れる男への道は遠い……か」
「ぐっ……頑張る。全力で頑張る!」
「そっか。じゃあ今日はその本読めるようになるまで頑張ろっか?」
呟きに反応して目に闘志の炎を燃やすカナメに、そう言って笑うのだった。
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