異空のレクスオール

 破壊神ゼルフェクトの襲来によって始まった、いつかの戦い。

 それは何かを変えたのか。

 ……結果から言えば、何も変わりはしなかった。

 各国はあったかどうかも分からない自分達の戦果を誇り、それをもって自分達の誇りを保っていた。

 故に、何も変わらない。

 帝国と王国の諍いも、連合内部での内紛も。

 蘇った神話は、大多数の者には教訓を齎さなかったのだ。


 ……聖国は、その発言権を強くした。

 破壊神ゼルフェクトとの直接の戦いをし倒した事には、それだけの衝撃があった。

 澱み腐ったはずの大地は異空の弓神の矢ヴィルレクスアローの影響か肥沃な大地となり、素晴らしい作物を実らせる土地となった。

 そして、聖国のダンジョンからはモンスターが消えた。

 その代わりに何故か元ダンジョンのあちこちには強い魔力を秘めた宝石……魔法石が出来るようになり、それを使った新しい産業も始まっている。


「あー、もう! 手が足りませんわ! ハイン、人の募集のほうはまだですの!?」

「申し訳ありません、お嬢様。中々に信用できる人材がなく……やはりダルキン殿が抜けたのは痛いですね」

「あのご老体! 武者修行したくなったって、今幾つだと思ってるんですのよ!」


 クランも、それに関連した仕事が集中するようになった。

 王族としての籍を抜いたエリーゼがクランマスター代理となり、それを切り盛りしている。

 ハインツもそれを手伝い、ルウネもまた「カナメの戻ってくる場所を守る」とクランに居続けている。


「エルー! 何処へ行ったのじゃ! そろそろ覚悟を決めて父上に会ってもらうぞ!」

「エル殿ー! このあばずれは某が排除します故、出てきてくだされ!」


 エルは、求め続けた「モテ期」が来ているようだが……何処となくゲンナリしたように見えるのは、気のせいではないだろう。

 英雄を目指すと言ったエルはこの聖国を離れていないのも、きっとまだ。


「こらー、そこ! 路上販売は既定の場所で! 押し売りは問題外です!」

「げっ! レクスオール神殿の神官騎士!」

「神官長です! あ、なんですかコレ! 最近出回ってる偽物……逃がしませんよ!」

「ぎゃー!」


 道で悪人を吹っ飛ばすイリスも、最近は更に強くなっている。

 いつでも変わらぬように見える彼女の心の底にもまだ、カナメの件が影を差している。

 

 ふと見上げれば、町の外に何体かの鋼の巨人が立っているのが見える。

 オウカ率いる人造巨神ゼノンギア隊。

 聖国を守る新たな戦力として活躍する巨人達は、これ以上ない抑止力となっている。

 ……そして。


「何してるのよ、アリサ」

「ああ、レヴェルか。そっちこそ何してんの?」


 クランの屋根の上でぼうっとしていたアリサに話しかけてきたレヴェルは、そのままアリサの横に座り込む。


「決まってるでしょ。神官とか信徒とかがウザくて」

「ははは、神様は大変だ」

「何言ってるのよ。むさ苦しい分、そっちの方が大変そうよ?」


 レヴェルは、今はルヴェルレヴェルの神殿に居る。

 現代に生き残った神……まあ、違うのだがそれはともかく神として崇められるレヴェルは、今度は「理不尽な死を祓う」とかいう新たなご利益を勝手につけられてしまい参拝する者が絶えない。

 そして、アリサはアリサでアルハザールの剣を振るっていたのがバレてカナメ同様の扱いとなってしまっている。

 筋肉モリモリの大男達に「アリサ様」と呼ばれるのが最高に暑苦しくて毎日逃げる羽目になっているが……それでも、二人もこの聖都を離れない。


「……ねえ、カナメは」

「生きてるわ。何度も言ったでしょ、私とカナメは繋がっている。私が消える時は、カナメが死ぬ時よ」

「そうだね」


 あの戦いから、一年。

 誰もが変わっていくし、新たな神として神殿まで建設されてしまったカナメ本人の事を、本当はどれ程の人々が覚えているのか。


「カナメの弓も、変わらずにある。だから私達はカナメが帰ってくると信じていられる」


 だからこそ、寂しい。

 想いをあの時口にしてしまったからこそ、その前には戻れない。

 いつか戻ってくると信じながらも、本当に戻ってくるのかと怯えている。

 こんなにも弱かった自分を知りつつも、そんな自分を大切にも思う。


「……カナメのこと、好きなのね」

「うん、好きだよ。絶対にそうはならないと思ってたはずなんだけどね」

「何故?」

「私は汚れてるから。そんな私と付き合って、カナメが歪むのは怖かったんだ。でも……」


 カナメは、予想を遥かに超えるスピードで強くなった。

 正しいまま、奇麗なまま、歪まないまま。

 そのままで強くなって……そして。


「今思うと、間違えてたのかな……とは思う」

「さあね。私はカナンみたいな愛の神じゃないから分からないけれど」


 屋根に寝転んだアリサを真似て、レヴェルも同じように寝転がる。


「間違えずに居られる奴なんて、居ないわよ。迷って、間違って。それでも諦めずに強くなる……カナメみたいにね」

「カナメみたいに、か」

「そうよ。カナメみたいに、よ」


 二人笑って、空を見上げる。

 雲一つない、青い空。とても綺麗なその空に……突然、穴が開いて。


「……えっ」

「う、うわわわわわあああああああ!」


 人が、落ちてくる。

 待ち望んだ人が、この一年間一時だって忘れた事もない人が。


「え、あれって……ちょっと、アリサ!?」

跳躍ジャンプ!」


 クランの屋根を踏み抜く勢いで、アリサは跳ぶ。

 あの日のように。いや、あの日よりももっと強く。

 あの日よりも、もっと強く熱い思いを込めて。

 そして、キャッチする。全力の、笑顔で笑う。


「アリサ!? てことは、ちゃんと戻って……むぐっ!?」


 何かを言いかけるカナメの口を、アリサはキスで塞ぐ。


「……お帰り、カナメ」

「……ああ、ただいまアリサ」


 抱きしめ合う二人は、笑って。


「あのさ、つもる話もあるけど……」

「うん」

「俺達、自由落下してるんだけど」

「死にゃしないよ。それとも魔力障壁マナガードの使い方、忘れた?」

「あー……そっかあ。イリスさんに怒られるだろうなあ」


 困ったように呟くカナメに、アリサはもう一度キスをする。


「いいじゃない。私も怒られてあげる」

「ははは……そりゃ頼もしいや」


 轟音をたてて地面に落下した二人が、聖都に軽い地震を起こす。

 怪我一つ無いその二人の……そしてカナメの姿を見た民衆から歓声が上がり、やがてお祭り騒ぎへと発展していく。

 レクスオールの……カナメの帰還を心待ちにしていた人々に揉みくちゃにされながら、そしてカナメを揉みくちゃにしながら。

 誰もが笑う。誰もが泣く。


 そして、いつか伝説の一つとして語るだろう。

 優しくて、弱くて。だからこそ誰よりも強かった、異空のレクスオールの物語を。

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