破壊神ゼルフェクト

 それは、巨大な人間の如き身体を持っていた。

 黒い身体はドラゴンのようなウロコで覆われ、ヌメヌメとした輝きを放っている。

 その腕は六本。やはりウロコに覆われたその腕の、指の先。

 ずらりと牙の生えた口が、腕六本分……合計三十。

 背中には翼……いや、翼ではない。翼に見えるほどに密集して生える、無数の触手の数々。

 そして、その顔は無貌。

 つるりとした陶器のような顔には二つの赤い目が輝き、カナメ達を見据えている。

 その頭には、山羊を思わせる曲がりくねった角。


 見る者全てに不快感と恐怖を与えるその姿に、街の何処からか絶叫が響く。

 幾つかの建物を踏みつぶし立つ巨神は、正しく絶望の象徴に見えて。


『ヒヒヒ……ヒヒハハハ、ヒハハッハハッハハハハ!』


 哂う。ゼルフェクトの両腕の「口」が哂う。

 恐れる人々を、嘲笑う。それが喜びであるかというように哂う。

 哂って、嗤って。それ故に、上空に現れた虹色に輝くドラゴンに気付かない。

 吐き出されるドラゴンブレスに、気付かない。


「ゴアアアアアアアア!?」


 光を反射し輝くドラゴンブレスが炸裂し、内部に含まれた魔法石が連鎖しながら大爆発を起こす。

 城塞すら吹き飛ばすその一撃にゼルフェクトは驚きの声をあげ、その方向へと触手を放つ。

 だが同時にカナメの飛竜騎士ドラグーン達も空を舞い、触手を打ち倒すべく飛び回る。


「ク、ハハハハ! 動ける、動けるぞ! そうか、やはり貴様は別物なのか! 貴様が相手であるならば……我も思う存分動けよう!」


 シュテルフィライトは触手を回避し、舞い上がりながらドラゴンブレスを放つ。

 強力無比なその一撃は触手を弾き飛ばし、しかし傷一つ付きはしない。

 連続で放たれるカナメの弓神の矢レクスオールアローで僅かに下がるものの、その正面に展開した透明な壁がそれを防いでいるのをシュテルフィライトは見た。


「ハッ、中々の防御力だ……だが!」


 シュテルフィライトの瞳が輝き、聖都のあちらこちらに宝石柱が生まれる。それは光を反射して光線を放つ……わけではなく。


「さあ、準備はできたぞ! やれ、人間共!」


 そう、それは光線を放つ為のものではない。

 それは、地上に展開した神官騎士達の為の物。


「よし、詠唱開始! 我等の叡智を破壊神に見せつけてやれ!」


 ディオス神殿の神官騎士達が、杖を構える。

 数々の強力な魔法を秘匿するディオス神殿には幾つかの禁呪と呼ばれるものがあるが……これもその一つ。


「此処に始まりの言葉を記そう」

「此処に終わりの言葉を記そう」

「我等の手には輝ける書が在りて」

「我等、今こそ未来を築かん」


 複数の人間による、一つの魔法の詠唱。

 人間の持てる魔力では発動不能な魔法をも発動できる、大魔法をも超える超魔法。

 シュテルフィライトの作り出した巨大魔石柱によって更に増幅を重ねた、超魔法をも超える究極魔法。


「闇は光を呑み込む」

「光は闇を呑み込む」

「故に、此処に無限が生まれる」


 その場に渦巻くのは、強大な魔力。そしてそれ故に、ゼルフェクトの触手からバラバラと黒い影のような人型が零れ落ちる。

 ディオス神殿の魔法を止めるべく奔るそれ等は……しかし、辿り着かない。

 大神殿の屋根から放たれる無数の矢に貫かれ消え、それでも逃れて地上へと辿り着いた影人達も、メキリという音を立てて吹き飛んでいく。

 そこに立つのは、イリス率いるフル装備のレクスオール神殿の神官騎士達。


「全員、気合を入れなさい! ゼルフェクトの生み出したモンスター共を一匹も逃がしてはなりません!」

「うっす!」

「おう!」


 そう、ディオス神殿ほどの火力は持たずともレクスオール神殿の神官騎士達は「いつかの戦い」で神々の盾となるべく鍛え上げた者達。

 それ故に、急ごしらえの影人達など敵ではない。

 数で勝る影人達をぶちのめし、蹴り飛ばし、消し飛ばし。これでもかという程に暴れまわる。

 更には聖騎士団やダルキン達もその戦いに参戦し、聖都の外に避難した一般市民の下へ行かせまいと奮闘する。


「いける、いけるぞ……! 俺達は、ゼルフェクトと戦えている!」


 誰かが、そう叫ぶ。

 飛び交う触手も影人も、強敵ではある。

 触手は盾程度では防ぎきれないし、影人も並のモンスターより遥かに強い。

 だが、それでも抗し切れないほどではない。

 大神殿の屋根から放たれるカナメの矢がゼルフェクトの本体を抑え続けている今、ディオス神殿の魔法さえ完成すれば。


「生まれ出でよ、輝ける楽園」

「彼方に消えよ、悪しき影」

「今此処に、我等は鍵を捧げる」


 ディオス神殿の魔法が、完成する。

 最後のキーワードを、全員が一斉に唱える。


創世のオーレライズ……」


 その瞬間。ゼルフェクトが、跳んだ。


「えっ」


 触手と影人だけで「カナメ以外」を迎撃していたゼルフェクトが、突然カナメを無視して跳んだ。

 高く跳んだわけではない。むしろ、高さとしては低く。建物の屋根よりは低い程度。

 しかし、それでも……その跳躍は、大地震の如き揺れを引き起こす。


「う、あああああああ!」

「ぎゃあああああ!?」


 完成寸前だった詠唱が中断し、大地を揺るがす衝撃にディオス神殿の神官騎士達が宙を舞う。


『ヒヒヒ……ヒハハハハッハ!』


 ゼルフェクトの指の「口」から放たれた光線がディオス神殿の神官騎士達のいる場所を貫いていき、別の「口」から放たれた炎が地上を焼いていく。


「貴様……っ!」

『ハハハハハハハハハハハハ!』


 シュテルフィライトを……騎士達を襲っていた触手に、無数の「口」が現れる。

 それ等は火を吐き、吹雪を吐き、光線を吐き……戦えていたはずの聖国軍が、混乱に陥り始める。


「分かって遊んでいたとでもいうつもりか……!」


 めきり、と。ゼルフェクトの身体から黒いドラゴンが生まれ出る。

 それはシュテルフィライトへと黒いブレスを放つと、空へと飛び立った。

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