遠き場所にて5
「え……」
「君にとっては因縁のある相手だろう。カナメ君に迷惑はかけないし……何より、君だって、あの矢を持て余しているだろう?」
「それ、は」
確かにその通りだ。レクスオール神殿の元副神官長タカロ。
彼の変化した矢は現在大神殿に安置してはいるが、その後どうもできずにそのままになっている。
しかし、あんな矢をどうしようというのだろう?
「彼は間違ってはいるが、世界を守ろうという意思はある。そうだろう?」
「……はい」
「だからこそ今この時、協力してくれるはずだ。だから、僕にくれないか?」
そうなのだろうか。
狂戦士化しつつあったタカロが、そんな話を聞くのかどうか。
疑問はあった、が。悩んだ末に、カナメは頷いて。
次の瞬間、ヴィルデラルトの手の中に一本の矢が落ちてくる。
「え、それって……!」
「無限回廊経由で回収させてもらったよ」
「やっぱり悪神だ……」
アリサの呟きを聞き流しながら、ヴィルデラルトはカナメに矢を渡す。
「……さて、では彼を解放してくれるかい? その後は僕がやろう」
その言葉に、カナメは頷いて……矢を持つ手とは反対側の手を掲げる。
「弓よ……来い!」
その言葉と同時にカナメの手の中に黄金の弓が現れ、カナメは矢を番える。
タカロ。
分かり合う事はないだろうと思っていた、そんな相手。
彼の封じられた矢をカナメは放ち……光と共に、タカロがその姿を顕現させる。
「こ、こは……? 私は確か……!」
「やあ、君とは初めましてだねタカロ」
タカロがカナメを視界に収めるその前に、ヴィルデラルトはタカロへと話しかける。
「……! 誰だ、貴様等……!」
「僕はヴィルデラルト。運命の神ヴィルデラルトだ。こっちの僕の後ろのは……まあ、気にしなくていいよ」
「ラファエラだ。まあ、何処にでもいる普通の人さ」
ひらひらと手を振るラファエラを無視して、タカロはヴィルデラルトを凝視する。
「運命の神……? 聞いたことがない。ないが……神々は全て死したのではないのか……?」
「例外もいる……僕のようにね。で、早速なんだがタカロ。世界を守る手伝いをしてほしい」
「なに……?」
その言葉の意味を探るかのようにタカロは周囲を再度見回し……カナメを見つけ目を見開く。
「カナメ……!? ではこれは貴様の用意した茶番……ぐうっ!?」
「落ち着きたまえ。君の個人的な事情は後回しだ」
駆けだそうとしたタカロは透明な壁に弾かれ、ヴィルデラルトへと振り向く。
「個人的な事情だと……! 貴方が神であるとして、私の苦悩の何が分かる!」
「それもまた「個人的な事情」だよ、タカロ。一人の意思で何かをしようとした時点で、それは個人的な事情という一言に集約される。君の失敗は、一人で抱え込んだことだ」
ヴィルデラルトの言葉に、タカロは言い返す言葉を見失い黙り込む。
一人で抱え込む。そう言われてしまえばその通りではある。
しかし、それ以外にどうすればよかったというのか。
神が死んでいたなどという話を、何処の誰に相談すればよかったというのか。
相談したとして……今まで信じていた教えが欺瞞でしかなかったなどという真実を、広めろとでもいうのか。
そんなことを、するくらいならば。
「……間違っていたことくらいは分かっている。だが、間違っていても進まねばならん時がある!」
「そうだ。間違いを押し通さなければならない時というものはある。「正しい」が正解でない時など幾らでもある。それ故に君とカナメ君はぶつかった……しかし、その決着もすでについた。違うかい?」
そう、それもその通りだ。
あの戦いの後……記憶はないが、タカロは自分が負けたのであろうことくらいは理解している。
となると、カナメの勝利した後の世界になったのであろうことも理解できる。
タカロの望んだ通りにはならなかった。つまりはそういうことであり……タカロが信じて賭けたものは、全て崩れ去ったのであろうことも。
「……いや、その通りだ。それで? 私に敗北を突きつけ罵るつもりか?」
「そんな無意味な事はしないとも。ただ僕は、君にこういう提案をしよう」
そう言うと、ヴィルデラルトはタカロに手を差し出す。
「僕と共に彼方よりやってくるゼルフェクトと戦ってくれたまえ、タカロ。後世に伝える者も居ない、勝てるかも分からない名誉無き戦いだがね」
「ゼル、フェクト……!」
「詳しい説明は除こう。しかし、ゼルフェクトはもうすぐやってくる……確実にだ。君にまだ世界を守る意思があるならば……」
「分かった。貴方を手伝おう、ヴィルデラルト」
ヴィルデラルトが全てを言い終わる前に、タカロはそう答える。
「いいのかい?」
「世界の運命を神に託す事はしない……その考えは今も変わらん。だが、世界を守れるのであれば神をも利用しよう。その考えも……変わらん」
強い意志を込めたその言葉に、ヴィルイデラルトはクックッと声を押し殺すように笑う。
彼もまた……何かが違っていれば、カナメと共に戦っていたかもしれない。
そうはならなかったが、彼も……タカロもまた「正義」の一つの形なのだ。
「……カナメ」
「……タカロ」
「勝ったのはお前だ。だが、それでも私はお前を認めん」
カナメは、静かに頷く。
そう、タカロと分かり合える道は無かった。
カナメにも、理解できている。正義を信じているから、互いを認められない。
互いの正義がぶつかるから、絶対に分かり合えない。そういうものだったのだ。
「だから、お前はお前で世界を守れ、それが勝ったお前の義務だ」
「……ああ」
二人が協力するという道は無い。
敗北した正義もまた、正義であるからこそ。
分かり合っては、いけないのだ。
「……それで。戦うのはこの場にいる全員なのか?」
「いいや、正確には僕と君、そこのラファエラだけだね」
「えっ」
その言葉にカナメが声をあげるが、ラファエラは意味ありげに笑うだけだ。
「そ、そういえばラファエラはなんで此処に……!」
「気にすることは無いさ。私は興味のあるところへ何処へでも行くんだからね」
尚も何かを言おうとするカナメだが……それを言う前に、カナメ達の姿が揺らぐ。
故に、その口は言葉を紡げず。
揺らぐ姿を優し気に見つめ、ラファエラは呟く。
「……それじゃあ、さよならだ父さん。もう会うことはないだろうね」
消える三人を見送り……タカロは、訝しげにラファエラを見る。
「父さん……?」
「気にするなよ。僕は身体を失った、ただの力の塊に過ぎない。まあ……残っている力のほとんどは父さんの……カナメの力だがね」
そう、ラファエラは……かつてラファズと名乗っていた彼女は、ゼルフェクトの力の一部とカナメの力、そしてカナメの意思の合わさったモノだ。
単なる力でしかない……しかしそれであっても暴力的な……そんなゼルフェクトの力を中心にカナメの意思を混ぜて出来上がった、「少し邪悪なカナメ」とでも言うべきモノでもある。
そこに乗っ取った肉体を加えたのがラファエラであったわけだが……その肉体はすでに破損し、魂とも言える部分をヴィルデラルトに目敏くサルベージされたのが今だ。
しかし、そんな事をわざわざラファエラは説明しない。
ただ、こう一言言うだけだ。
「ま、言ってみれば「幽霊」ってやつさ」
「……わけがわからん」
吐き捨てるタカロと肩をすくめるラファエラ。
そんな二人をそのままに、ヴィルデラルトは空を見上げる。
「……来るぞ。奴め、僕の渾身の迷宮を無理矢理突破してくるつもりらしい」
空が、ひび割れる。暗い空間の奥に、赤い目が光る。
「さあ、始めよう二人とも。奴を……ゼルフェクトを、倒すんだ!」
戦いが始まった。
誰も知る者の居ない……誰も語ることのない、神々の戦いが。
……そして、この日。無限回廊が、その機能を永遠に停止した。
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