遠き場所にて4

 たとえばの話だ。

 たとえば、世界が破滅する妄想をしたとしよう。

 たとえば、何もかもが滅べばいいと考えたとしよう。

 そうした想像の中に「想像した自分」が入っている確率は低い。

 もっと正確に言えば「自分以外の全てがどうにかなってしまえばいい」と……そう考えているということであり、似たような感情を抱いている人間は多い。

 滅べとまでは言わずとも「自分以外が不幸になれ」程度の願いを抱く人間を数えるとなれば、それこそ千の夜を費やしても終わらないかもしれない。

 そうした想像……いや、願いの共通点は「自分以外」、あるいは「自分に被害が及ばない場所で」という限定付きだ。

 なんと傲慢で、なんと醜悪な願いだろう。

 自分以外の誰かが不幸になったり、破滅したりすればいいなどと考えているのだから。

 勿論、そんな願いが叶うことは無いと知っているからこそ誰もが気軽にそんな願いを抱くのだろう。

 

 ……だが、叶ってしまうのだ。小さな願いが大きな力となるように。小さな祈りが世界を動かすように。

 無数の世界で行われた破滅の祈りは、対象の世界を探して彷徨った。

 集い、練り上げられ、破滅と破壊をもたらす祈りの集合体……すなわち破壊神ゼルフェクトとして昇華された。

 その望み通りに、全くの関係の無い世界に破滅を。全く関係の無い人達を不幸に。良心の呵責という「被害」すら及ばぬ世界に最大限の不幸を。

 無数の世界のありとあらゆる破壊の願いを束ね、破壊神ゼルフェクトはこの世界へと現れた。

 それは言ってみれば、一つの世界と「それ以外の全ての世界」の戦い。

 破壊神ゼルフェクトという形を得たが故に祈りと願いを積み上げ続け、無限に強くなっていく最大級の絶望との戦い。

 その身には死という概念すら存在せず、個であり集合体であるが故に微塵に刻んでもその活動を止める事ができない。

 

「……ディオスは、かなり早い段階でそれに気付いた。これは「人間の願いそのもの」だと。僕達とは違う形で生まれた「神」の一形態であると……そして、無限の世界の「破壊」を束ねる災厄そのものだと」


 しかし、分かったところでどうしようもなかった。

 誰かに相談したところで対策など出来るはずもない。

 アレは殺せないなどと言ったところで、それが何の解決になるだろう?

 人の願いがアレの正体だと言ったところで、それが士気に繋がるはずもない。

 人がそんな醜悪なものであるなどと知らせたところで……何処に救いがあるというのか?


「悩んだディオスが相談したのが二人の神……僕と、イルムルイだった」

「イルムルイ……!?」


 正気と狂気の二面神イルムルイ。

 その名前が出てきたことにカナメは驚くが、ヴィルデラルトは「君も会っていたね」と笑う。


「イルムルイはその能力……魔力の同調と操作で、ゼルフェクトの方向性を変えられないかという試みで声をかけたようだ」


 しかし、それは結局うまくはいかなかった。

 ゼルフェクトに同調したイルムルイは狂いかけ、人々の前から姿を消した。

 その後どうなったかは……カナメもよく知っている通りだ。


「そして、僕だ。せめてゼルフェクトの力の流入を止められないか。そんな考えの下に「無限回廊」の作成をディオスは提案した。勿論、あたかも僕の発案であるかのように……その目的も秘匿してね」


 勿論、これだけで全てを防げるとは思わなかった。

 だから、無限回廊には生まれ変わった神々のその後を追えるような機能が組み込まれた。

 彼等を帰還させた時に不都合がないように、再臨の宮もその真の目的を秘匿し用意された。

 管理者として、ヴィルデラルトは永遠の時を「神々の世界」と名付けられた区域で過ごすことになった。

 だが、全ては世界と、其処に生きる人々の為。

 ゼルフェクトが無数の世界の破滅の願いの集合体であるというのであれば、神々が生まれ変わった先で少しずつでも良くしていけるかもしれない。そんな願いも込められていた。


「……結果としては、失敗だった。現時点でこの世界に呼んでも問題の無い「生まれ変わり」は君だけになってしまった」


 前世の記憶を来世に持ち込む仕組みが無かった以上、たとえ神々の生まれ変わりであろうと性格はその環境に依存する。

 その結果……世直しどころか、破滅の祈りを吐き出す存在になってしまった者もいる。


「それでも、無限回廊があれば問題なかった……はずだった」


 カナメという存在の投入により、世界の混乱も収まるとヴィルデラルトは計算していた。

 現代に復活した神。神への祈りと感謝を軸にした現代世界は、その象徴となる者が居れば自然と正されると信じたのだ。

 ……だが、そうもならなかった。

 神への祈りと感謝を口にしながら、その神の力を利用し、あるいは超える事を企む。

 かつての戦いを素晴らしい時代だと勘違いし、呪われた技術を再興しようと企む。

 破壊神ゼルフェクトへの恐怖を口にしながら、その力を利用できるものだと思い込む。

 それ等が地の底のゼルフェクトを活性化させ「新たなゼルフェクト」を呼び込む道標になるなどと……想像もしないままに。

 

「……教えれば良かったんじゃないの、それをさ」

「教えたさ。この無限回廊を使って、何度も危機を伝えた」


 アリサの疑問に、ヴィルデラルトは自嘲気味にそう答える。

 そう、何度も教えた。このままではいけないと。

 しかし、誰もそれを気にしないのだ。

 無限回廊に行ったと、神の世界を見たと。選ばれたのだと。

 誰もがそう叫び、特別な座を求め混沌を撒く。

 そして、とうとうここまできてしまった。

 カルゾム帝国とゼルフェクト神殿が組んで復活させたバケモノ達が、最後の引き金となってしまった。


「これから僕は無限回廊を全力稼働させ、この場所で新たなゼルフェクトを食い止める。それで食い止められれば一番なんだが……」

「なら俺も……!」

「それはダメだ」


 カナメの提案を、ヴィルデラルトは一蹴する。


「君の力は世界に根差した力だ、カナメ君。ゼルフェクトがこの世界以外の全ての世界の破壊を束ねるなら、君はこの世界全てを束ね味方にする力を持っている」

「だとしても、此処で一緒に戦ったほうがいいはずでしょう!?」

「いいや。この場には「神々の力」は満ちていない。君が全力で戦うならば、やはり地上であるべきだ」


 だから、とヴィルデラルトは言う。


「だから、カナメ君。僕に君の矢を一本……あのタカロとかいう男の矢をくれないかい?」

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