遠き場所にて3

「君の憤りは最もだ」

「何を……うぐっ!?」

「しかし、そうせざるを得なかった事情も理解して貰いたい」


 ヴィルデラルトの胸倉を掴んでいたはずのアリサはよろよろとヴィルデラルトから離れる。

 そして、ヴィルデラルトの手には先程まではあったはずの赤い水晶珠が無い。


「ヴィルデラルト……!?」

「落ち着き給え、カナメ君。彼女にはアルハザールの力の鍵を渡しただけだ。身体に害は……いや、むしろ益となるだろう。彼女の身体の件も含めてね」

「そ、れってまさか」

「ああ。彼女の闘神化の可能性は、これで消え去る」


 安心するべきか、驚くべきか、それとも今何もかもをも問いただすべきなのか。

 カナメは混乱する思考の中で、アリサに駆け寄る道を選ぼうとして。


「ゼルフェクトが、現れようとしている」


 続けて放たれたヴィルデラルトの言葉に……その足を、止めた。


「今、なんて……」

「残された時間は少ない。僕とディオスの策は失敗した。次善の策も機能しなかった。残された最後の策も完全には機能していない。故に、僕も命をかける必要が出て来た」


 ゼルフェクト。

 かつての戦いで無数の欠片に分かたれ地の底に封じられ、それでも世界破壊の意志を失っていないと伝えられる破壊神。

 それが復活するというのだろうか。

 カナメは答えを求めるようにラファエラを見て……ラファエラは肩をすくめてみせる。


「あー、ヴィルデラルト。カナメが混乱している。似合わない悪役なんかやってないで説明したらどうだい?」

「……そういう君は……いや、いい。カナメ君、よく聞き給え。まず結論から言うと、この場所は……そして、無限回廊は崩壊する。そうならないように全力を尽くすつもりだが、期待はしないで欲しい」

「どういう、意味ですか……」

「そうだね……カナメ君。無限回廊の意味について考えた事は?」

「え、いや……」


 無限回廊。その言葉の意味なんて、考えたことはない。

 無限に続いている……わけではないだろう。その先には神の世界、つまりこの場所があると言われている。

 なら、何故「無限」なのか。


「無限回廊は、この世界ではない数多の世界へと繋がっている。それこそ無限に等しい数の世界にね……」

「だから、無限……?」

「そう。そして、それらの世界から何かが流入しないように防ぐ迷宮でもある」


 つまり、二つの意味で無限。

 ゼルフェクトが地の底からダンジョンを造り出しているように、無限回廊は神々の造ったダンジョンとも言える存在なのだ。


「防ぐって、どうして」

「うむ、そうだな。英雄王も確か「外」から来たのだろう? 強い者が増えるのは良い事のように思えるが」

「君基準ではそうかもしれないけどね、シュテルフィライト。僕は彼は嫌いだ。世界を超える影響でアルハザールの力の一部を得て、それを思うままに振るった彼が、世界に何をもたらした?」


 英雄王トゥーロ。連合を作り様々な文化をもたらした英雄。

 しかしながらそれを別の視点で見れば、未だに内部紛争が続く小国家群を作り、王国と帝国の更なる紛争の種を作っただけとも言える。

 それによって救われたものもあったのかもしれないが、そうでなかったものもきっと多いだろう。


「彼は確かにゼルフェクトが目覚める事を防いだ。しかしそれ以上に、ゼルフェクトの力が強まる種をも撒いた。全ては結果論ではあるが、僕は彼を絶対に評価しない……が、それについて論ずる時間がもったいない」


 そう言うとヴィルデラルトは腕を伸ばし……飛び掛かってきたアリサを、展開した半透明の壁で弾く。


「この悪神が……っ!」

「理性的に振る舞っていても、根底にあるのは激しい激情。ますます彼に似ている」

「あ、アリサ……! 落ち着けって!」

「私は落ち着いてる!」


 言いながらも歯ぎしりしそうな勢いでヴィルデラルトをアリサは睨み付け……ヴィルデラルトは、そんなアリサへと視線を向ける。


「では彼女も力を無事に受け入れたようだし、本題に戻ろう」

「勝手に戻るな! こんなもん押し付けて何を……!」

「君は聞こえていなかったかもしれないが、ゼルフェクトが現れようとしている。君に力を渡したのは、その為だ」


 ヴィルデラルトの言葉に、アリサも思わず黙り込み……しかし、違和感に気付き口を開く。


「現れる……? 復活、でしょ?」


 そう、先程ヴィルデラルトは英雄王の話をする時に「復活」と言った。

 ならば今もまた「復活しようとしている」と言うべきだ。

 なのに、何故「現れようとしている」と言うのか。


「復活ではない」


 そして、アリサの疑問にヴィルデラルトはそう答える。


「もう一度言おう。ゼルフェクトが現れようとしている。前回程の規模ではないのが救いだが、地の底に封じられたゼルフェクトと融合すれば、もはや手に負えない。そうなる前に倒さねばならないんだ」

「なに、それ。その言い様だと、まるでゼルフェクトが複数いるような……」

「その通りだ」


 複数いる、という表現は正しくはない。

 しかし「複数」という表現は正しく、そして同時に間違ってもいる。

 何故なら、破壊神ゼルフェクトとは。

 その、正体は。


「この世界以外の「全ての世界」から送り込まれる、破滅の願いの集合体。それこそが、破壊神ゼルフェクトの正体だ」

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