遠き場所にて

 神々の世界。

 そう呼ばれる場所で、ヴィルデラルトは空を見上げていた。

 雲一つない青空に見える、その場所。永遠に変わる事の無い……昼も夜も来ることのないその空を見上げて、ヴィルデラルトは呟く。


「……僕は正直に言って、君を警戒していた」

「無理もないさ。私だって、ここまで彼に入れ込むとは思ってなかった」


 ヴィルデラルトの背後に立つのは、ラファエラ。

 傷一つないその姿は、先程玉座の間を壊したばかりとは思えない程に綺麗だ。


「実際、本気で味方し始めたのはどの辺りからだい? 聖国の騒動の頃はまだ、君は敵だっただろう」

「それは誤解さ。私はいつだってカナメの味方だった。彼の周りを取り巻く女共とは方向性が違うというだけでね。それはお前だって分かってるんだろ? ヴィルデラルト」


 肩をすくめるラファエラにヴィルデラルトは振り返らぬまま「ああ」と答える。


「カナメ君は優しすぎる。全ての真実に耐えられるか分からなかったから……だから僕は、彼に世界を導く地上の神としての道を示した。それが世界の安定にも一番だと考えたからだ」

「確かにね。レクスオールの力を持ち、数多の陰謀を打ち砕く「現代に復活したレクスオール」……それによる牽制力は抜群だったさ。色々な問題が勝手に自滅、あるいは自浄作用が機能する程度にはね」


 カナメを何とか取り込もうとする動きも活発化したが、その本人の周りに魅力的な女性が多数いるのでは効果を発揮しない。全てはヴィルデラルトが導いた通りに……いや、それ以上に上手く推移していた。


「だが、それでも足りなかった」

「そうだね。運命の神ヴィルデラルト……君の描いた絵図を超えて人間は愚かだった。かつての戦いの教訓はすでに……いや、元から普人はそんなものを得ていなかったんだろう」


 グレートウォール。

 もう一つの大陸と神々の虹で繋がった「こちらの大陸」側に普人が造り上げた、巨大な壁。

 ゼルフェクトが神々の虹を渡ってくる事を恐れた普人達が、自分達の避難後に造り上げてしまった、もう一つの大陸で戦い続ける者達の後退をも阻む壁。

 補給線という概念を考えず、ただ自分達だけが生き残る為に造られた……今の歴史からは存在すら抹殺されたモノ。

 魔人や戦人がそのほぼ全てを壊滅させてしまった原因であり、戦いの後に僅かに生き残った彼等によって跡形も無く破壊された、愚かな建造物。

 そんな事すら忘却したからこそ、今でも普人同士で争っている。

 そんな事すら忘却するだろうと分かっていたから、神々は自分達が死した後の手を打った。


「……ゼルフェクトの力の欠片でしかない私は全ての事情を理解していたわけではないがね。ヴィルデラルト、君はゼルフェクトについて私も知らない事を知っている。違うかい?」

「ああ、知っているとも。気付いたのは僕ではなくディオスだけどね」

「ディオス……魔法の神か。この世界に彼等の力が残っているのは、レヴェルの件で知ってる。何処かで生まれ変わっているのも、この世界に「生まれ変わった神」に力を与える仕組みがあるのも知っている」

「……」

「なのに、何故「生まれ変わった神々」を呼び戻さない? カナメをこの世界に呼んだのもお前だろう……ヴィルデラルト」


 そんなラファエラの言葉に、ヴィルデラルトはようやくラファエラへと振り向く。


「……知って……いや、気付いていたのか」

「簡単に推測できることさ。レヴェルの態度を見る限り、神々でも知っている者が少ないのかもしれないがね。いや……ディオスとお前とで他を騙していたのかな? そうする理由も何となく分かるがね」


 その理由は、カナメを見ていれば簡単に分かる。

 どちらかといえば豪放磊落であったレクスオールと違って、カナメは繊細で博愛主義だ。

 争いごとを積極的には好まず、人間の根底にあるのは善だと信じたがっている。

 ……つまり、人格がまるで違うのだ。


「生まれ変われば性格も変わる。神の力を持った暴君など笑い話にもならないからね」

「……そんなに酷いのかい?」

「ああ。彼等が生まれ変わった先を見て、僕はようやくゼルフェクトという存在について理解できた気がしたよ」

「理解……?」


 疑問符を浮かべるラファエラに、ヴィルデラルトはいつもの微笑を浮かべて頷く。


「ラファズ……いや、ラファエラ。君は僕がゼルフェクトについて、君が知らない事も知っているのではないかと聞いたね」

「ああ。教えてくれるのかい?」

「僕から君に教えるというのも妙な話だけど、もう隠す意味も無い……時間も、それ程残されているわけではないしね」

「……それは」


 ラファエラの呟きには答えず、ヴィルデラルトは僅かに右の方へと視線を向ける。

 つられてラファエラもそちらを向くと、そこに何かの揺らぎのようなものが生まれているのに気付く。


「あれは、空間の揺らぎ……? ということは、まさか」

「ああ、ちょっとした客を呼んだ。これが最後の機会だろうからね」


 そんな事を言う二人の前で、揺らぎの中からカナメとアリサが……そして、シュテルフィライトが現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る