カルゾム帝国にて

 カルゾム帝国の首都、帝都グランカルゾム。

 身分による格差が何処よりも大きいこの街の中で最も豪華絢爛で、最も権力欲の強い者達の集う場所……グラウス城。

 どの城よりも素晴らしいと嘯くこの城の、玉座の間は今……血の香りに包まれていた。

 床に転がるのは、無数のモンスター人間達の死体。

 蝙蝠のような翼を持つ男。

 獅子のような顔を持つ男。

 蛇のような腕や顔を持つ男。

 石人形ストーンドールのような身体を持つ男。

 様々な姿を持つそれらは地面に倒れ伏し、もう動きはしない。

 この玉座の間で動くのは、ただ二人。

 一人は、このカルゾム帝国で帝王と呼ばれる壮年の男。

 一人は、ラファエラ。

 蒼白な顔をしながらも玉座に座るカルゾム帝王に侮蔑の視線を向けたまま、ラファエラは手に持った細剣の血を掃う。


「全く、度し難いな」

「な、ななな……なんなのだ、貴様は! 何故魔人が余の覇道を邪魔する!」

「覇道ぉ? 馬鹿だなお前。灰色の御子グレイチャイルドが何か知ってて言ってるのかい?」

「モンスターの力を持った人間の事だろう? かつて我等普人の祖先が生み出したという究極兵器! 余はそれを現代に復活させたのだ!」

「ほら、馬鹿だ」

「なっ……!」

「グレートウォールを作った時から何も変わっちゃいない。英雄王の子孫だなんだっていったところで、君等はやっぱり馬鹿だな。いやむしろ、驕ってる分他の普人よりタチが悪い」

「貴様……ヒッ!」


 投擲されたナイフが玉座に刺さり、カルゾム帝王は思わず椅子から飛び退く。


「いちゃいけないんだよ、灰色の御子グレイチャイルドなんてのは。全く、たいしたもんだぜゼルフェクト神殿の連中はさ。長い時間をかけて灰色の御子グレイチャイルドを「悲しい混血児」だと誤認識させやがった」

「何を、言っている……!」

「簡単な話だよ」


 カルゾム帝王へと近づきながら、ラファエラは静かな声で告げる。


「利用されたんだよ、お前。ゼルフェクト神殿の連中にさ」

「……!」

「なんで連中の事を知ってるかって顔だね? 問いただすまでも無い。この世界で今、過去のロクでもない技術を保管してるのは連中くらいのものだ。だが……どうにも疑問に思う事もある」


 ラファエラが「生まれた」時に会った連中が聖鎧兵の技術をタカロに与えたのは間違いない。

 恐らくはカナメが帝国で遭遇した事件についてもそうだろう。


 ……だが、今回は方向性がかなり違う。

 帝国の件についてはラファエラは又聞きしただけなので想像するしかないが、タカロの件については「世界の安定」を考えていたようだ。帝国の件に関しても、調べてみれば例の貴族様とやらはかなりの人格者であった……らしい。となると、その男もまた同じような考えを持っていた可能性もある。

 翻ってカルゾム帝国はどうか。考えるまでもなく、ベクトルが真逆だ。

 世界の支配を安定と呼ぶなら別だが、そこに至るまでの混乱が世界規模の騒乱に至るのでは意味がない。

 ……そして、何よりも。その件を抜いたとしても、とっている手段が問題だ。


「いいか? 灰色の御子グレイチャイルドってのはな、モンスターなんだよ。お前等普人が遥か昔にゼルフェクトに対抗するとかで乱造した挙句に、その全部が敵に回ったっつー最悪の笑い話に出てくるモノだ」


 そう、灰色の御子グレイチャイルドはモンスター人間だとかそういうものではない。人間を素体としたモンスターであり、ゼルフェクトに操られるモノでしかない。しかも元が人間である分、精神が弱くて格段に操られやすいというおまけ付きだ。


「馬鹿な、事実操れている。そんな嘘など……!」

「言ってろ。言うだけなら自由だからな。だが行動に移したのは大問題だ。ゼルフェクトの欠片なんぞを世界中にバラまくつもりだったか? お前、そんな事してどうなるか想像もできなかったか」


 明確な暴虐の意思を持って血と嘆き、破壊と混沌をゼルフェクトの欠片達が世界中に溢れさせる。

 そうなればどうなるか。

 分かり切っている。

 その地獄のような光景は、必ずや地の底で眠るゼルフェクトを目覚めさせるだろう。

 そうなれば、もう終わりだ。世界は今一度、伝説の時代を再現する羽目になるだろう。

 それも、ヴィルデラルトとレクスオールの生まれ変わりであるカナメ、更にはその「おまけ」の不完全なレヴェルしか神々が存在しないような状況で、だ。

 その内ヴィルデラルトは参戦するかすら不明だし、人類も魔人と戦人を欠いている。


「……有り得ん。確かに奴等は余に約束したのだ。これは太古の昔に普人が使った技術であり、それをもって世界を平定した暁には」

「自分達の自治区を作る。それで充分でございますってか。この底無しのアホが」


 何をどうしたらそんな与太話を信じられるのか。

 だが、これでもう決まった。

 この阿呆に関わっているのは、ラファエラの知る連中とは別口だ。


「……はぐれじゃない、本物のゼルフェクト神殿か。おい、それでその連中は今どこにいる。ついでに残りの灰色の御子グレイチャイルドの場所も吐いてもらおうか」

「そ、それは……」

「ギル・ラバルオン・フレイアス」


 カルゾム帝王が何かを言おうとした、その瞬間……巨大な赤い炎が、ラファエラ達を呑み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る