シュテルフィライトの異変

 大神殿の屋根の上。シュテルフィライトは、そんな場所に居た。

 真剣な表情でどこか遠くを見つめるシュテルフィライトに、屋根の上へと登ったカナメは声をかける。


「シュテル……?」

「カナメか」


 あくまでその視線をどこか遠くへと向けたまま、シュテルフィライトはそう返してくる。

 いつもの高飛車な態度とは全く違うその様子に、カナメは何があったのかと心配になってしまう。


「一体どうしたんだ? ルウネが様子がおかしいって言ってたけど」

「嫌な気配を感じる」

「嫌な……って」


 シュテルフィライトがそう言うからには、きっとロクなものではない。

 しかしカナメの問いかけに、今度はシュテルフィライトは無言。

 ただ、何処かを見る視線だけは全く動かない。


「そっちの方角に、その嫌な気配があるのか?」

「そうだ」

「あっちの方角だと、さっきの話にあったカルゾム帝国があるです」

「カルゾム……? それじゃシュテルが言ってるのって、あの化け物のことか?」

「フン、そんな雑魚の気配など我が気にするものかよ」


 シュテルフィライトの言葉に、カナメは考え込んでしまう。

 カルゾム帝国に先程の化け物がまだ居るのは間違いないし、しかしシュテルフィライトはそんなものの気配は気にしないという。

 それでも、その方向にシュテルフィライトが気にするほどの何かがあるというのであれば。


「もっと強力な化け物か……イルムルイみたいな奴が……?」


 どちらだとしても大問題だ。

 シュテルフィライトが気にするほどの化け物であるならば、あのディオス・ウアーレと名付けられていた少女より厄介かもしれない。

 イルムルイのような邪悪な神がいるのであれば、困難な戦いになるかもしれない。

 だが、それをもシュテルフィライトは否定する。


「違う」

「なら、一体何が」

「……分からん」


 そう言って、シュテルフィライトはその表情を険しくする。


「ゼルフェクトにも似ている。だが違う気もする。違う気もするが、我の本能が何かを警告している」

「ゼ、ゼルフェクト……!?」


 破壊神ゼルフェクト。

 この世界の神々、そして数多の人間達と戦い……神々のほとんどの命を引き換えに、その身を粉々に砕かれ封印された邪悪な神。

 もし、そんなものが其処にいるのであれば、それは。


「先程だが、強力な魔力の波動を感じた。それがゼルフェクトのものに似ていた気がしたのだが……すでに残り香程も残ってはいない」

「ゼルフェクト神殿、という線はどうです?」

「フン、いいかメイド娘。ゼルフェクト神殿というのはゼルフェクトを信仰する勘違い連中の集団だろう? 連中がゼルフェクトの力を扱えるというのであれば、とうに世界は滅びている」


 ルウネにそう吐き捨て、そこでようやくシュテルフィライトはカナメ達に向き直る。


「警戒しろ。何かは分からんが、我がゼルフェクトかと考える程には酷似した何かがいる可能性がある」

「……」


 ゼルフェクトに酷似した何か。

 カナメはそう聞いて一瞬、ラファズのことを思い出す。

 カナメがダンジョンの光から生み出した、カナメそっくりの姿を持っていた何か。

 まさか生きていたなどということはないだろうが……もし、そうだとしたら。


「カルゾム帝国に技術を授けたのも……そいつの仕業なのか?」

「さて、な。我はそんなことには興味はない」


 本当に心の底から興味の無さそうな顔をした後、シュテルフィライトはカナメに近寄ってくる。

 互いが触れ合うような距離にまで近づいてきたシュテルフィライトに、カナメは思わず後ずさろうとして……しかし、シュテルフィライトに腕を掴まれる。


「カナメ。我はお前を好いている」

「あ、ああ」


 真正面から言われて、カナメは思わず照れたように顔を赤くする。

 何の冗談も混じらない真剣なその表情は、カナメにシュテルフィライトの言葉が本当であることを知らせてくる。

 

「だが、もしゼルフェクトが復活するのであれば……我は恐らくお前の敵にならざるを得んだろう」

「それは……どうにもならないのか?」

「抵抗はしよう。我が狂う前にゼルフェクトが再び砕け散るか、お前と直接相対しない従い方をするか、程度のものではあるだろうがな」


 言いながら、シュテルフィライトは自嘲するように笑う。

 シュテルフィライト程の力を持っていても、そのくらいの抵抗しか出来ない。

 それがゼルフェクトという存在だということなのだ。


「それは、ゼルフェクトが我の持ち主であると我の中に刻み込まれているからだ。そうであり続ける以上、我はゼルフェクトには逆らえん」

「どうにもならない、のか?」

「さて、な。ひょっとしたら手はあるかもしれんが……手伝う気はあるか?」

「出来るのか!? ならすぐに」


 言いかけたカナメの口を、シュテルフィライトの口が塞ぐ。

 口の中に何かが捻じ込まれる感触が何であるかをカナメが理解し、その顔を真っ赤に染めても尚シュテルフィライトは離れず……たっぷりと時間をかけた後に、ようやくシュテルフィライトはカナメを離す。


「な、ななな……!」

「くくっ、なあに。魔法装具マギノギアと同じ理屈だ。お前の魔力を混ぜる事で、抵抗力にしようという目論見だ……上手くいくかは、知らんがな」


 言いながら、シュテルフィライトは翼を展開し下へと降りていく。


「ああ、もっと先がやりたいなら構わんぞ? いつでも言え。我は大歓迎だ」

「し、しないからな!」

「そうかそうか。言ってられるのも今の内だ」


 すっかりいつもの調子に戻って手近な窓から室内に戻っていくシュテルフィライトを見送りながらカナメは溜息をついて踵を返し……そこにまだ立っていたルウネにビクリとする。


「え、えっと……」

「……」

「皆には、秘密で」

「分かったです」


 浮気のバレた男のような……そんな事実はないのだが、とにかくそんな居心地の悪い思いをしながらカナメもまた下へと降りていくのだった。

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