奥の部屋にて
大神殿。そう呼ばれているこの場所には無数の部屋が存在する。
その中には居住区としか思えない区画も存在し、カナメ達が通されたのもそんな場所だった。
高級そうな家具の用意されたその部屋の内装をカナメが見回していると、扉が軽く叩かれる。
「あ、はい。どうぞ」
「失礼仕る」
扉の外から帰ってきた返事の後に扉が開き、カエデが顔を出す。
鎧を脱いだカエデは日本出身であるカナメでもそう見ることはない着物……それも侍が着るようなものを纏っていた。
サムライナイトという名前からなんとなく想像は出来ていたが、実際に見ると不思議な気分だとカナメは思う。
「えっと、カエデさん……でしたよね」
「カエデで構いませぬ。敬語も不要。どうぞ部下に接するようになされよ」
「いや、俺に部下なんて……いや、ああ。立場上は居ますけど……まあ、いいや。じゃあ敬語は抜きで」
少し接しただけで生真面目そうだというのは分かっていはいたが、どうにもイリスとも違うタイプだ。
とはいえ、臆しているわけにもいかない。
「えっと……そういえば親書がどうのって話だったと思うけど」
「如何にも。されど、この一件が終わってからで構いませぬ」
「そういうわけにもいかないだろ。とりあえず受け取っておきたいんだけど」
「いえ、渡してしまえば某の元々の用件も話さざるを得ませぬ。それは今の段階では少々」
カナメの提案を頑なに拒否するカエデにカナメは溜息をつく。これはどうあっても首を縦に振りそうにはないが……。
「でも、そうなると何しに来たんだ? 俺はてっきり親書を渡しにきたんだとばかり」
「はっ。これは某の元々の用件とも関係しますが、此度の件でカナメ殿に助力させて頂きたく参り申した」
そう、今回の関係者ということで大神殿に保護してはいるが本来はカエデやシェリーといった面々はクラン関係者ではないどころか他国の人間だ。
いってみれば保護対象であり、今回の件に協力する義務も義理もない。ある程度の事態の進展の目途が立つまではお客様としてのんびりしていて構わないのだが、それを固辞しに来たようだとカナメは悟る。
「そっか。でも、必要は……ない、かな」
だが、そんなカエデの提案をカナメは笑顔のまま断る。
そしてそんなカナメの反応はカエデには意外だったようで、その目が大きく見開かれる。
「……! それは、何故ですか」
「んー。お客様だから、かな」
たとえば、カナメがクランマスターとなる前だったら。
カナメ・ヴィルレクスではない、ただのカナメだった頃ならカエデの提案を喜んで受けただろう。
差し出される好意を断る事など無かったはずだ。
だが、今はそうではない。
「俺にとって、カエデは他国からのお客様なんだ。何があるか分からない中で危険に晒すなんて出来ない」
「し、しかし某は!」
「相当戦えるだろう事は分かるよ。でも、たとえ君が俺より強くても戦わせるわけにはいかない。君が自分の国の命令を受けてこの場に居る以上、俺は君の安全を完全に保証する義務がある」
そう、それは聖国の一員、クランという組織のリーダーとしてのカナメの責務だ。
そしてそうである以上、他国の使者という立場であるカエデからの好意を無条件に受け取るわけにはいかないのだ。
「何より、俺は君の持っている親書の内容を知らない。相当重要な用件であるだろう事は察せられるけど、たとえば君の助力を理由に何らかの要求を通されるのも困るんだ」
「……カナメ殿。その言い様はあまりにも」
「俺が酷い事を言ってるのは理解してる。でも君が自分の元々の用件を話してくれないなら、俺としても「お客様」以上の態度はとれないんだ」
そう、それは間違いなく交渉。カナメからカエデに対する「親書を渡せ。用件を話せ。そうでないとそちらの要求は通らない」という交渉だった。
その手法としてはアリサにも似た部分はあっただろう。カナメという個人を知る者からはあまりにも遠く、しかしカナメとその周囲を知る者からすれば既視感を覚え。
そして……カエデから見れば、思わず冷や汗を流す程には威圧感があった。
「そ、それは」
「話してほしい、元々の用件を。それが出来ないなら、俺も譲歩できない」
「……」
しばらくの無言の後、カエデはその場に跪く。
「感服致した。いや、そのような物言い失礼でありました。カナメ様、貴方は確かに某達の王の見込んだお方。元より某如きが抗せる相手では……」
「え、あ、いや。そういうのは」
「分かっております。こちらが親書になります」
懐から封書を取り出し差し出してくるカエデからカナメは受け取ると、その表書きを見てギョッとする。
共通語と呼ばれるこの国の言葉については、カナメもアリサのスパルタ教育によって読み書きともに完璧になっている。
だが、此処に書かれている文字はそうではない。大分ヘタクソだし微妙に間違っているのだが、それは確かに。
「日本語……!?」
かなめどのへ。
平仮名でそう書かれたそれは、確かにカナメが元居た世界の文字。
この世界には存在しないはずの、ものであった。
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