再びの大神殿

「お待ちしておりました、カナメ様」


 筋肉祭りの輿に揺られてグッタリしたメンバーを引き連れたカナメに、大神殿の白い神官服を着た神官達が揃って頭を下げる。


「今回はありがとうございます。正直、助かります」

「いえ。この大神殿はレクスオールの力を持つ貴方様の家のようなもの。どうぞお寛ぎを」


 レクスオールの如き者、という意味を持つ姓を持っている時点でそうであると聖国に認められているようなものなのだが、大神殿の神官が言うと重みが違う。

 ダリアやシェリー、カエデから視線を向けられてカナメはどうにもむず痒くなるが、何とか耐えて笑みを作る。


「えっと、とりあえずオウカ。此処は神様が造った建物みたいだから安心していいと思うよ」

「あ、うん。分かってたけど、やっぱり凄いわね……」


 大神殿。聖国の中心にあるこの建物は一般人立ち入り禁止であり、聖国民であろうと簡単に入れる場所ではない。限られた者だけが入れる聖地であり、たとえ一国の王といえど許可なくば入れはしない。つまり、この聖国で最も強く守られた場所ということなのだ。その庇護下に入るという事は、聖国の中で最大の守護下にあるのと同じ意味だ。

 そして更に、大神殿の周囲はレクスオール神殿の神官騎士達が巡回を始めている。文字通り最高の戦力も揃ってしまっている。


「まあ、それでも万が一というものはあります。オウカさんはカナメさんから離れないようにしてください」

「う、うん。分かってる」

「肝心な時に居ない鉄屑男にも迎えをやっていますので、そのうち到着するかと」


 クラークの事を言っているのだろう、オウカはそれに口の端をヒクつかせる。

 確かに居ないのは事実だし、「いやー、俺の保護者の役割は終わりじゃね?」とか言っていた事もある。

 ある、が。居ないなら居ないでオウカ個人の戦力が激減するから物凄く不便ではある。

 代わりの魔操騎士ゴーレムナイトを造っていないわけではないが、エグゾードの事もあって仕上げが出来ていない。

 その事を思い出して、オウカは「あっ」と声をあげる。


「あの、さ。ついでに私の部屋から作りかけの魔操騎士ゴーレムナイトを持ってきて欲しいんだけど……」

「いいですよ、手配しましょう。まあ、とりあえず部屋の用意もしてもらっているはずなので……」


 そうイリスが言うと、頭を下げていた神官の一人が「ご案内します」と言って先を歩き出す。


「カナメさんも先に行ってください。私は少し指示もありますので」

「分かった」


 そう言ってカナメ達が奥へ去っていったのを見届けると、イリスはほっと息を吐く。

 とりあえずカナメ達を大神殿に保護は出来た。しかし、問題はこれからだ。


「……で、状況はどうなのですか」

「はい。ヴェラール神殿がすでに動いているそうですが、まだ報告はありません」

「事は重大です。場合によっては、聖国の建国後初めての戦争になりかねません」

「そこまで……ですか」


 ざわつく神官達をイリスはひと睨みで黙らせ、頷く。


「聖国の公的施設に襲撃をかける。連合の中の一国であろうと、この意味を知らないはずがありません。つまり、それは「聖国を敵に回しても問題ない」と考えている証拠です」


 クランを襲った化け物に余程自信があるのかは分からないが、大胆にも程がある。

 どの程度聖国に化け物を持ち込んだのかは分からない。

 お付きの者として連れ込んだ可能性もあるし、別口で入国させた可能性だってあるだろう。

 見かけが普通の人を装えると言うのならば、国境で弾くのだって難しい。


「……そもそも、どうしてそこまでオウカさんを執拗に……」


 エグゾートの事を知っているからオウカを狙う。

 亡国の姫であり自国の基盤に関わるからオウカを狙う。

 単純に完璧主義であり、オウカが生きているのが我慢ならない。

 どれもあり得る話ではある。あるが、なんとなくしっくり来ない。

 そもそもエグゾードが欲しいのであればモンスター人間を使ってエグゾードを襲撃してもよかったはずだが、今のところその報告はない。

 警備が厳重で諦めたという可能性がないわけではないが……。


「重要なのは知識、ということなのかもしれん」

「……来てたのですか」

「ああ」


 ヴェラール神殿の神官長セラトは頷くと、そのままイリスの近くまで歩いてくる。


「報告は受けている。鳥人間……いや、仮にモンスター人間と呼ぶが、それがカルゾム帝国のものであるならば……まともな技術とは思えん」

「そうですね。まるで……」


 まるでゼルフェクト神殿を彷彿とさせる、と。そう言いかけてイリスは黙り込む。

 だが、セラトはそんなイリスの心を読んだかのように次の言葉を口にする。


「ああ、まるでゼルフェクト神殿が裏に居るかのようだ。奴等め、あの街の件以来動きが鈍いと思っていたが……」

「セラトは、カルゾム帝国の裏にゼルフェクト神殿がいると?」

「証拠はないが、そう考えるのが一番しっくりくる」


 ゼルフェクト神殿。破壊神ゼルフェクトの復活を企んでいるとされる彼等がエグゾードの技術を求めているというのであれば、事態の深刻さは更に増してくる。


「騒ぎになるからと様子見にはしていたが、街にあるエグゾードをカナメに矢にして回収して貰うべきと考える。何かあるよりは、矢から戻せないというほうがマシだ」

「……確かに、そうですね」


 カルゾム帝国、そしてゼルフェクト神殿。

 聖国を舞台として動き始めた不穏は……次第に、その影を濃くし始めていた。

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