事態急変3

「あ、待った待った!」


 カエデとシェリーに両側から引っ張られていたエルが何とか二人を引き剥がし、カナメに向かってカエデをぐいと押し出す。


「え? な、なんだよ」

「なんだよじゃねーよ! こっちのカエデちゃんもお前に用だっつーから連れてきたんだよ」

「私もよ?」

「あ、おう。ダリアちゃんもな」


 我関せずという態度をとっていたダリアに睨まれてエルは慌てて付け加えるが、押し出されたカエデはしばらくカナメと見つめ合い……やがて、カエデはカナメの前に跪く。


「……お見苦しいところをお見せした。某はカナタ武国のサムライナイト、カエデ。この度は我が国の王よりの親書を携え此方に参った次第。されど、この状況で切り出す程厚顔無恥でもござらん。まずは此度の襲撃の件、某も無関係では無い故協力させて頂きたいと考え申す」

「あ、はい。ありがとうございます?」


 サムライナイト、カナタ武国、親書。一気に新しい情報が出てきたが、とりあえず後回しでいいのはカナメにとっても有難い。


「先程のことだが、エル殿は連合内の何処かの手の者の接触後、化け物のような人間に襲われ申した。この直前の接触時にエル殿がカナメ殿と間違われたことがござったが……」

「俺を……「カナメ」を足止めして、その間にオウカをどうにかしようとしたってことか」

「然り。加えて言えば先程の有翼人も一般的には拉致に適した選択かと」


 確かに、空を飛ぶ相手に人間では対処し辛い。

 カナメの武器が弓である事を含めても、たとえば不意打ちでオウカを攫われてしまえば助けるのには一定の落下のリスクが発生する。

 先程ので全部であれば問題はないのかもしれないが……。


「ていうかさ」

「え?」


 悩むカナメに、アリサが頭を掻きながら口を出す。


「これだけ派手に襲撃してきたんだ。カルゾム帝国の連中が犯人と出来なくても、状況として充分に怪しいんだから聖騎士に捜査依頼できるんじゃないの?」

「まあ、確かに……」

「その件ですが」

「うわっ!?」


 突然近くに現れたハインツにカナメが驚き飛び退こうとして、しかし腕をホールドしたエリーゼとシュテルフィライトのせいで固定されてしまい動けない。


「先程、聖騎士隊が到着しました。すでに状況は説明しており、地面に転がっている死骸の検分も始まっております」

「あ、はい。ありがとうございます」

「カルゾム帝国の件についても説明済ですので、聖騎士からの何らかの対応は期待できるかと」


 そうなってくると、カナメが個人で動ける範囲としてはオウカの護衛ということに限定されるが……。


「これだけ派手に動いてくるとはなあ……」

「確かに、ちょっとナメてたかもね。何でもやってくる奴となると……ちょっとばかり、対処が面倒かな


 言いながら、アリサは溜息をつく。

 引き渡し要求の後、これだけ派手な手を使ってくることを考えると「まさかこんな事はしないだろう」という考えは通用しなくなる。

 白昼堂々先程の化け物をけしかけてきてもおかしくはないし、風呂屋にだって仕掛けてくるかもしれない。


「とにかく、狙いはオウカちゃんなんだろ? どうにか守って……つってもカナメの部屋はこうだしなあ」

「それなら、問題ありません!」


 エルに答えるように、ビリビリと響く声。

 壊れた壁の向こう、下から聞こえてきたその声の直後、何かが下から跳んでくる。

 緑色の神官服を纏ったその何か、もといイリスは不敵な笑顔を浮かべると自分を指す。


「大神殿への滞在許可を私の権限でもぎ取ってきました。この聖国で最も安全な場所ですよ!」

「大神殿って……いいんですか?」

「はい。元々オウカさんの話が出て来た時から話を進めていましたから、いきなりというわけでもありませんし。レクスオール神殿でも良かったんですが、ちょっと繊細な女性には勧めがたく」

「あー……」


 バリバリに体育会系の香りのするレクスオール神殿は、確かに普通の女性には辛い部分がある。特にオウカのような文系には耐えがたいだろう。


「というわけで、早速ですが移動しましょう」

「え、今からですか?」

「当然です。第二陣が来ないと限らない以上、素早い行動が肝心です」


 迎えもすぐに来ますしね、と言うイリスに全員が疑問符を浮かべるが……壊れた壁の向こう、クランに繋がる道を爆走するソレを見て、すぐにその意味を察する。


「げっ」


 そう言ったのは誰だったか。

 道を埋め尽くすように走る、緑の神官服を纏う筋肉質な男達。

 男前な「セイッ」という掛け声も勇ましく、馬車の箱部分のようなものを担いでいる者達もいる。

 所謂「輿」というものなのかもしれないが、カナメは荒々しいお祭りをなんとなく想像してしまう。


「レクスオール神殿の誇る神官騎士を総動員しました。道中は完全なる安全を保証しますよ」

「え、と。私は別に馬車で」

「いけませんよ、エリーゼさん。相手は何をするか分からない相手です。大人しく守られてください」


 逃がさんと目で語るイリスを見て、エリーゼは助けを求めるようにハインツを見るが……ハインツは、静かに首を横に振る。


「確かに現時点では一番安全と言えるでしょう。妥協された方が良いかと」


 ……そして、結局。

 クランを回す為にダルキンが残ったのを除いて、ほぼ全員が最高に暑苦しい輿に乗って大神殿へと向かったのである。

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