事態急変2

「愚かって……」

「愚かだろう? 何処かの誰かが煽ってはいるだろうが、それに乗ってしまうのだからな」

「それは……仕方のないことではありませんの? 連合のような内部での争いの終わらない場所であれば、力を求めるのは必然ですわ……勿論、こんな使い方が正しいとは言いませんが」


 そう、エリーゼにも理解できないわけではない。

 より強い力を。そう求めるのは人であれば当然で、国という単位でも当然だ。

 ラナン王国だって、より強い力を囲い込んで安定する為にエリーゼ達のような姫や王子を使って人材や道具を囲い込んでいる。

 実際に使うか使わないかという違いはあれど、本質的なところを言えば変わりはない。


「ハハハッ! それが愚かだと言っている! かつての戦いに何の教訓も見出さなんだか! まあ、それも詮無き事か!」

「どういう意味ですの……!」


 馬鹿にされたように聞こえてエリーゼは思わず声を荒げる。

 かつての戦い。破壊神ゼルフェクトとの戦い。

 そこから人間は学んでいる。ダンジョンの管理だってしているし、平時の騎士団の訓練も……まあ、地域差はあるが怠ってはいない。

 そんな事を言われる程ではないはず。そう考えての反論を、シュテルフィライトは笑い飛ばす。


「どうもこうもない。かつて魔人と戦人を生贄にしたのは普人であろうに」

「……え」


 生贄。まさか言葉そのままの意味ではないだろうが、カナメは思わずレヴェルへと振り返る。

 先程からずっと厳しい表情のまま黙り込んでいるレヴェルは、静かに首を横に振る。


「……私が知っているのは、再臨の宮が出来るまでよ。まあ、そこまででも普人を嫌うには充分であったけども」

「ほう! そうかそうか。ではその後の、決定的な話は知るまい」

「決定的って……」


 一体何が。聞き返すカナメに、シュテルフィライトは一言、こう返す。


「グレートウォール」

「グレート、ウォール……?」

「そうだ。この大陸の端に、大きな橋があるだろう?」


 知っている。もう一つの大陸に繋がるという橋、神々の虹。それがいったい何だというのか。


「どうやら今は歴史自体から消えたようだが……」

「おいカナメ! 生きてっか!?」


 シュテルフィライトが言いかけた直後、バタバタと慌てたようにエルが部屋へと数人の女の子と一人の男を連れて駆け込んでくる。

 ダリアを除けば初めて見るその顔触れに、カナメは思わず目を丸くし……シュテルフィライトは肩をすくめる。


「無事だ。我が守ったからな」

「ん、ああ。途中からだけど見えてた。凄ぇな、シュテルちゃん」

「当然だ。我が凄いのは我自身が知っている」


 ふんぞり返るシュテルフィライトにカナメは視線を送るが、シュテルフィライトは「また今度な」などと話を終えてしまう。


「なんか話の途中だったみたいね。タイミング悪かったかしら」

「え、あ、いや。そんな事はない、けど。ダリアはどうしたんだ? それに、そっちの子達は……エルの仲間?」


 ダリアに答えながらカナメが視線を向け……エリーゼが「あっ!」と声をあげる。


「あ、貴女……もう来ましたの!?」

「おや、ご挨拶じゃのうエリーゼお姉さま。行くと文を送ったじゃろうに」

「届いたのは昨日ですわよ!」

「追い越してしまったようじゃのう」

「エリーゼ、こっちの子ってもしかして」


 来るという話の、エリーゼの姉妹の一人なのではないかと……そんな想像をしたカナメに、その少女……エルにシェリーと名乗った少女は優雅に一礼をする。


「これは失礼を。妾はラナン王国第十九王女、シェントリーナ・ラナン・グレスティア。どうぞシェリーとお呼びを、新たな英雄殿」

「あー、えっと。俺はカナメ・ヴィルレクスです。宜しくお願いします」

「此方こそ」


 上品な笑みを浮かべるシェントリーナ……シェリーを警戒するようにエリーゼはカナメの腕を掴んで威嚇し、シェリーはクスクスと笑う。


「そんなに警戒しなくても良いであろう?」

「何を言ってますの……!」


 カナメの腕を掴んで離さないエリーゼと……その反対側の腕を何故かシュテルフィライトが掴んで引き寄せるが、カナメとしては二人を引き剥がすわけにもいかない。

 エリーゼとは約束があるし、シュテルフィライトは下手に引き剥がして機嫌を損ねられても面倒すぎる。

 そんなカナメの様子を見ていたシェリーはチラリと背後を振り返り、再びエリーゼへと向き直る。


「本当に警戒しなくても良いのじゃぞ? どうやらカナメ殿の争奪戦に参加するには、少々障害が多いようじゃしの」

「争奪戦って」

「他の姉様方はどう出るか知らぬが、妾は丁度出会いもあったしの?」

「お嬢様、まさか」

「そのまさかじゃ」


 そう言うと、シェリーはクルリと身を翻してエルに抱き着く。


「うおっ?」

「妾は、こちらのエル殿を頂く事にする。新たなる英雄のカナメ殿のご友人で「クラン」のメンバー。更に、背負った魔法装具マギノギア。少々細かい問題もあろうが、基本的な条件は満たしておる」

「え」

「あら」


 カナメとエリーゼが驚いたような顔をし、エルの近くに居たカエデが固まる。

 そして、肝心のエルは。


「ま、待て! なんでそうなる!? ていうかシェリーちゃんて幾つだよ!?」

「十三じゃが、問題あるまい?」

「問題大有りだよ! つーか出会って一日もたってねえよ!」

「初めて会う日が婚姻の日というのも珍しくはないからのう。なあに、大丈夫じゃ。かの英雄王も「愛に年齢は関係ない」と言うておる」

「あれは節操無しだろが!」


 バタバタと暴れ始めるエルをそのままに、カナメはあまり他人事とは思えずにそっと目を逸らして。


「とにかく、えーっと。これからの話をしようか」


 そんな提案を、するのだった。

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