エルの受難8
「で、これは何じゃ?」
地面にめり込んだ死骸を眺めながらシェリーが気味悪そうに呟くが、答えを持っている者など居るはずもない。
しかし、
そして何よりも……普通の人間らしき姿からの変異。何もかもが「聞いた事が無い」ものだ。
「聖国のダンジョンが決壊した……とかじゃないわよね」
「有り得ねえよ。聖国のダンジョンは毎日聖騎士が巡回してる。世界一安定してるダンジョンと断言してもいいし、何かあったらすぐに街全体で騒ぎになる」
「そうよね……」
エルに否定され、ダリアは自分の意見をすぐに引っ込める。聖国のダンジョン管理体制は過剰な程に完璧で、それは帝国の人間であるダリアにとっても充分に理解できている。
となると、ダンジョンから出て来た特殊なモンスターという可能性もないだろう。
「どちらにせよ問題は、コレが変異する前は人と見分けがつかぬ事かと」
カエデの言葉に、全員が黙り込む。そう、何よりの問題はそこだ。
この場にいる誰もが、この男がモンスターの如き何かだとは気づきもしなかった。
武器を持っていないというだけの、怪しい男。その程度の認識だったのだ。
それは非常に危ない事だ。
ボディチェックをすり抜け、モンスター同等の戦力を持った何かが警戒区域に侵入する事だって可能……ということなのだから。
「……だな。でもまあ、なんとなく想像はつくぜ」
「先程の連中じゃの?」
「ああ。オウカちゃん絡みの……確か、連合のどっかの国の連中だ」
「しかし、のう。あんな頭の悪そうな連中がこんなもの、扱えるかの? ハッキリ言って、こんなモノを制御する技術は王国にだってないぞ?」
「……」
シェリーの言う通りだ。これがモンスターであるにせよそうでないにせよ、それを制御する技術などというものは理解を超えている。
……だが、エルは知っている。現場に居合わせなかった為、カナメから聞いた話になってしまうのだが……「人を超えた何か」を作る技術があることを、エルは知っているのだ。
「ひょっとすると、技術を持ってる奴がいるのかもしれねえ」
「……!」
その言葉だけで、ダリアもその可能性に思い至る。
ヴァルマン子爵。あの愚かしい男は「とある協力者」から技術を得たと後の尋問で吐いた。
ゼルフェクト神殿。そこから来たと話していたという者達の行方については、帝国でも追撃をかけてはいるが未だに良い報告はない。
だが、もしその連中が連合に入っていたら? いや、その者達でなくとも別のゼルフェクト神殿の者達が連合に接触していたとしたらどうだろう?
人を超えたモンスターの力を持つ兵士。もし、そんなものが現実になるとしたら?
あのディオス・ウアーレの名をつけられた少女のようなモノが大量に生産されるとしたら?
「それは、マズいわよ。もし「そう」なら……連合の勢力図が塗り替わるわ」
日々争いを続ける小国の集合体である連合は、烏合の衆であるが故にその野心を外へ向ける余裕などない。
しかし、かの英雄王の在った頃は確かに王国と帝国を脅かす国であり、その頃に発展した独自の技術が点在する場所でもある。
もし、そんな連合を何処かの国が圧倒的な力で統一したならば……英雄王の居た頃とは言わないまでも相当の力を持った、しかも野心を持つ大国家が登場することになる。
それは歓迎できないとかいうレベルではなく、恐ろしく危険な事だ。
しかも、その裏にはゼルフェクト神殿が居るのだ。下手をすると、伝説の時代の再現となりかねない。
「それ程までか。いや、確かにの……これが使い捨てに出来る兵士の類だとすると、特に……じゃの」
「お嬢様、これは……」
「うむ。先んじたつもりじゃったが、こうなってみると本当に正解だったかもしれんの」
シェリーとジークは何事かを囁き合うが、その間にもカエデは死骸をじっと見つめている。
「どうした。何か気付いたことでもあんのか?」
エルがそう声をかけると、カエデは首を横に振る。
「そういうわけではないが……何故「これ」をけしかけてきたのかと考えておった」
「充分俺達を消せると思ったからじゃねえか?」
「それはどうであろう」
エルの返答に、カエデはそう言って否定する。
「モンスターの力を持っていようとなんだろうと、
なるほど、確かに噂程度でもカナメの事を知っていれば
「だとすると……こいつが出て来た意味っつーのは、まさか」
足止め。そんな言葉がエルの頭の中に浮かんだその時。
クランから、何かが砕けるような破壊音が響いた。
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